2004年11月15日
今回の新潟県中越地震により被災されました先生方は、心よりお見舞いを申し上げます。
一日も早い復旧と皆様のご健康を、心よりお祈り申し上げます。
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そういえば阪神淡路大震災から、すでに10年近くの歳月が流れようとしている。読者の中にも、あの時に被災された方も多数おられるかと思う。
忌まわしい思い出なので、触れたくないことがあるかもしれない。
しかし、決して風化させてはならない事実もあるように思う。
筆者も大学からの派遣で避難所を訪れた経験を持つ。
そこで垣間見た、出来事を紹介する。
ある避難所での話。
ごみ箱には、弁当のハンバーグが捨てられているのが目についた。
お年寄りの方が、食べないで捨てていかれるそうである。
どうして食べないのだろうか?
濃い味付けには、慣れていないからか?食べ慣れていないからなのか?
実は、その理由。噛むことができなかったのだ。
ハンバーグは、現代日本の軟食文化の代表だと思っていた。
多くの歯を失っても、これなら噛めるだろうと思っていた。
ところがである。
ハンバーグの脂は、寒いと固まり、歯の弱い方は食べることができなかったのだ。おにぎりが凍り、焼きおにぎりにして食べたという話もある。
そう言えば、倒壊した自宅へ最初に戻ったとき、まず義歯を捜された方が多いと聞く。
最初に捜すものは、お金や銀行通帳等の貴重品ではないのだろうか?
考えてみれば、筆者は眼鏡をかけている。
眼鏡がなければ、生活に支障をきたす。
お金や通帳を捜すためには、まず眼鏡をかける必要があるのだ。
筆者にとっての眼鏡は生活の道具である。
震災は早朝に起きたため、義歯を外して寝ておられた方は、そのままの状態で避難された。
まず義歯を捜された理由。義歯がなければ食べることができないのだ。
まさに義歯は、生きるための道具であったのだ。
さて、数ヶ月後の岡山でのこと。
被災で家屋を失い、転居されてきたある母親が、三歳の子どもを連れてこられた。診れば口の中はむし歯だらけ。
ところが、数ヶ月前に歯科健診を受けたときは、一本のむし歯もなかったそうだ。どうして短期間にこれだけのむし歯ができたのか?
その理由は、避難所での食生活にあった。
子どもが泣くので数ヶ月間、お菓子ばかり食べ続けていたそうである。
救援物資のあり方も考える必要があるのかもしれない。
さて、その母親から興味深い話をうかがった。
震災の数日後に避難先での話。
救援物資の食料として乾パンが届いた。
以下、その保護者の言。
「乾パンを食べていたら、前にお年寄りが座っていました。
パンを食べられないので、“まだどんな事態になるかもしれないから、無理をしても食べておかれた方がいいですよ”。と言いました。
ところが返ってきたのは“歯が弱いので食べることができない”との言葉でした。後で考えたら、そういった方から先にダメになりました。」
野生の動物は、歯を失うと命にかかわるが、ヒトにおいても同じことが言えるのだ。
画像1:被災直後の神戸市
画像2:小学校における救援活動
画像3-1,2:3歳児:短期間に急性齲蝕が発生した。
画像4:1年後の朝日新聞の特集