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一口三十回で百七年 (その1)

2014年03月13日

最近、一般市民向けに行う講演会で必ず喜ばれる話がある。

そして聴衆者の誰もが元気をもらって帰られるのだ。

それは曻地(しょうち)三郎先生にまつわる話である。

先生については、この場で5年前に紹介させていただいたことがある。(注1)
 ⇒ https://www.dental-plaza.com/melmaga/column44/

しかし一度の紹介だけでは、あまりにもったいない。

そこで今回は、筆者が実際に講演会で話をしているように綴ってみる。

読者も講演を聞いているつもりでご覧いただきたい。

曻地三郎先生は、元々教育者であり、福岡教育大学で教鞭をとられていた。

お子さんが障害を持たれていたため私財を投じ日本初の知的障害者施設“しいのみ学園”を設立された。
(図1)
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これが日本に養護学校が誕生するきっかけとなった。

“しいのみ学園”を描いた本は、当時大ベストセラーになり映画化までされた。

九州大学では医学博士の学位を取られた。

旧帝国大学で文学博士と医学博士の学位を持つのは、あの森鴎外と先生のみだという。

国内外を問わず多くの講演活動をされてこられた。

さて、これは世界一周講演旅行でブラジルに立ち寄った際の一コマである。

何歳に見えるだろう?

少し考えていただきたい。
(図2)
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なんと! これは100歳時の写真である。

とてもそうとは思えない。

数えの100歳を期して、世界一周講演旅行を始められ毎年続けられてきた。注2

百歳バンザイ ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/shiinomi100/54756002.html

106歳では“公共交通機関を利用して世界一周をした最高齢者”としてギネス世界記録にも認定された。
(図3)
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65歳からは韓国語、95歳から中国語、100歳からロシア語、101歳からポルトガル語、102歳からフランス語の勉強を始め、毎日違う言語で日記を書かれていた。

NHKスペシャルの“老化に挑む”の番組では、なんと脳の反応は30歳代、脳の状態は70歳代と判定されたという。
(図4)
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常に背筋はピンと伸び、歩くのも早い。

家では、掃除や洗濯それに寝具の用意など、食事以外はすべてご自身でされていた。

国内でも“健康長寿のスーパー伝道師”として、自身の健康長寿法について講演をされていた。

1時間半の講演を楽々とこなされ、その間まったくコップの水も口にされない。

しかも、講演の最後には舞踊も披露される。

さてそこで問題である。

先生が100年間に渡り実践されてきた最大の健康法とは、何だろう?
(図5)
photo5

つづく

注1:モリタメールマガジン第44号 「歯科医の宝物・日本の宝物」
 ⇒ https://www.dental-plaza.com/melmaga/column44/

注2:百歳バンザイ 
 ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/shiinomi100/54756002.html

 前 岡山大学病院 小児歯科 講師
 モンゴル健康科学大学(旧:モンゴル医科大学) 客員教授
 歯のふしぎ博物館 館長(Web博物館)
 岡崎 好秀
 ⇒ http://leo.or.jp/Dr.okazaki/