MAIL MAGAZINE メールマガジン

イルカの歯のふしぎ その3/初めての歯科治療

2013年05月31日

いよいよイルカの診察日。

某水族館では、イルカが自由自在に泳ぎ廻る中、一頭がプール際で待っていた。
それが、問題のイルカである。
まるで痛みを取ってくれる歯科医が来ることを知っているかのようである。

早速、飼育係はイルカをプールサイドに引き上げた。
イルカは哺乳類であるから、地上でも呼吸の問題は起こらない。

しかし長時間となると、太陽光や乾燥により火傷の可能性があるらしい。
そこで海水をかけ、体を冷やしながらの診察となる。
(図1)

口腔内を診ると、確かに口蓋が腫れている。
触れると、膿がたまっていた。まず歯槽窩と粘膜の間隙からゾンデを慎重に挿入した。
中を探ると、どこまでも入っていきそうだ。
(図2)

でも部位的に、上顎洞に対する考慮も必要である。
しかし、イルカに上顎洞はあるのだろうか?
獣医師に相談したら、この水族館にはCTがあると言う。
驚くべき水族館である。
早速、イルカのCT写真を拝見したが上顎洞はなかった。
(図3)

治療には、掻爬が必要であることを獣医師に告げると手技を見たいという。
鎮静や麻酔の利用は、イルカの状態を見ながら判断することとなる。
そこで無麻酔で処置を行うこととなった。

鋭匙を骨面に当てないように挿入し、不良肉芽を掻き出す。
人間だったら、痛みで飛び上がることだろう。
しかし、イルカは微動だにしない。
ここで耐えないと、治らないことがわかっているかのようである。
何とも健気なイルカなのか。

さすが! 我々の仲間の哺乳類である。
それだけ大脳が発達しているのだろう。

イルカが動かないので、徐々に大胆に鋭匙を動かす。
多量の不良肉芽が出てきた。
(図4)

突然、“シューッ”と頭頂部の噴気孔から息を吐いた。

「痛い!!」という意味だ。

瞬間的に手を止め鋭匙を少し引く。
しばらく間をおき、また徐々に深く入れ掻爬を行う。
ここまできたら、可能な限り肉芽を除去しておきたい。

また“シューッ”と息を吐くと同時に体がビクッとした。

慌てて手を止める。
イルカには申し訳ない気持ちでいっぱいである。

不思議なことに、イルカの治療は初めてなのに冷静な自分がいる。
ふつうなら、術者も緊張して体が硬くなるはずだ。

どうしてなのか?

そうか!これは筆者が小児歯科医だからだ・・・。

術者の不安感は、子どもに伝染する。
術者が恐ければ、相手はもっと恐いはずである。
だから子どもは泣き始める。
そこで日頃から、不安感を持っても平静を装うことを心掛けている。
例えば、麻酔をすると子どもが泣く・・・と思った瞬間に、注射筒を持つ手が微妙に緊張し硬くなる。
緊張もまた伝染するのだ。
だから、どんな処置の時も緊張を伝えないように体の力を抜く。
イルカが恐がらないのは、こんな理由なのだろう。
そんなことを考えながら掻爬を終えた。

続く

 前 岡山大学病院 小児歯科 講師 モンゴル健康科学大学(旧:モンゴル医科大学)
 客員教授 歯のふしぎ博物館 館長(博物館はWeb博物館です。)
 岡崎 好秀
 ⇒ http://leo.or.jp/Dr.okazaki/