MAIL MAGAZINE メールマガジン

イルカの歯のふしぎ その2/ハクジラとヒゲクジラ

2013年05月17日

水族館で診察の前にイルカの骨格標本を見せていただいた。

下顎左側の歯冠が崩壊し、慢性歯周組織炎となり舌側には瘻孔まで見られる。
(図1)

イルカにも歯科疾患が存在するのである。

患歯の状態から、外傷により歯牙破折から歯髄壊死をきたし歯槽骨に炎症が及んだのか?
それとも何らかの理由で、歯周組織から感染し、上行性歯髄炎により歯髄死をきたし歯が破折したのか?

この二つの原因が考えられる。
獣医師の話では、下顎のリンパ節炎が治らなかったが歯にまで目が及ばなかったと言う。

さて、イルカの治療を行う前には、それなりの予備知識を持たねばなるまい。
まず正常な骨格標本を見ておく必要がある。
(図2)

イルカは哺乳類であるが、歯はすべて同じ形をした円錐歯。
それに生え代わることのない一生歯性。
これは哺乳類の歯の特徴ではない。
おそらく水中では、獲物を捕らえるだけなので臼歯部が退化したのだろう。
また、獲物を丸飲みするので歯が咬耗せず、一生歯性になったと考えられる。

そう言えばイルカと言えば、クジラの仲間だ。
クジラには歯を持つ“ハクジラ”と、ヒゲを持つ“ヒゲクジラ”がいる。
“ハクジラ”と言えば、“マッコウクジラ”や“シャチ”。
もちろんイルカは、“ハクジラ”の仲間である。
“ハクジラ”で体長がおよそ4~6メートル以下のものをイルカと呼ぶ。
一方、“ヒゲクジラ”には、ザトウクジラ・セミクジラ・シロナガスクジラなどがいる。

しかし、どうして歯を持つ“ハクジラ”と持たない“ヒゲクジラ”がいるのだろう?
さて“ハクジラ”は、歯を使って魚やイカを一匹ずつ捕らえる。
一方、“ヒゲクジラ”は、ヒゲ板を利用し小魚やオキアミなどのプランクトンを、こし取って食べる。
オキアミは、エビに良く似た甲殻類である。
ヒゲ板は、口蓋趨壁が角質化し伸びたもので、口蓋から垂れ下がっている。
(図3)

これが片方150枚~400枚存在するという。
大きな口で海水と小さな生物の群れを取り込んだ後、ヒゲ板ごしに海水を吐き出し獲物を飲み込む。
そのため歯が退化し、ヒゲ板に置き換わってきたと言う。
ちなみに、このヒゲ板は弾力性に富み、さまざまな素材として重宝されてきた。
(図4)

中世のヨーロッパでは婦人のコルセットとして、我が国でも、からくり人形のぜんまいや釣り竿の穂先として利用されてきた。
文楽人形では精妙な動きは、クジラヒゲでなければ表現できないとされているのだ。
“ハクジラ”と“ヒゲクジラ”の違いは、食性の差だったのである。

続く

 前 岡山大学病院 小児歯科講師
 モンゴル健康科学大学(旧:モンゴル医科大学)客員教授
 歯のふしぎ博物館 館長(博物館はWeb博物館です。)
 岡崎 好秀 ⇒ http://leo.or.jp/Dr.okazaki/