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ロバの歯科治療奮戦記 その1.前歯の摩耗と年齢

2012年11月09日

ある動物園の獣医師からロバの歯を診て欲しいと依頼を受けた。

そこで動物園へ見に行った。

ロバのM太郎の年齢は28歳。
馬は1年に3歳ずつ年を経るので、人間で言えば80歳強の高齢となる。

遠くの動物園から譲り受け20年間、背中に子どもを乗せて歩き続けてきたのである。
口の中を覗くと右下第2切歯の、歯髄腔が露出し歯髄死をきたしていた。
(図1)
獣医師は、このロバを長生きさせるために歯を治したいと言う。
子ども達の夢を乗せてきた恩返しに、獣医と協力し歯科治療を行うことになった。

さてロバは、馬の仲間であるから歯もそれに準じて考えればよい。
まず具体的な治療の前に、馬の歯について述べることにする。
歯式は、切歯3/3、犬歯1/1、前臼歯3/3、後臼歯3/3 (上顎/下顎)となり合計40本の歯を持つ。
(注1:メスは犬歯がないため36本) 前歯は、硬くて短い草を引き抜くため切端咬合となっている。
そのため前歯は複雑な形態をし、中央部には陥凹部(歯ロート、黒窩)があり、周りはエナメル質が取り巻いている。
これはヒトの切歯の盲孔をイメージすればわかりやすい。
(図2)
この特徴のため、歯の摩耗の状態により年齢の推定が可能となる。

ちなみに英語の諺で “贈られた馬の口の中を見てはいけない。” という言葉があるが、これは “贈り物のあら捜しをしてはいけない。” を意味している。
老馬は、歯を見ればわかるからである。
(図3)

ここで年齢を追って馬の下顎前歯の様子をみよう。

誕生時には、上下それぞれ2本ずつの乳切歯が萌出している。
生後6か月過ぎに、上下6本の乳切歯の萌出が完了する。
(注 図3より 切端部の、横長の黒窩が見てとれる。) さらに2歳半から切歯から永久歯の交換が始まり、5歳頃には萌出が完了する。
この時の摩耗により黒窩の形は刻々変化する。
5歳までは黒窩が見える。
6・7歳で、黒窩の周りのエナメル輪が見える。
8・9歳では、摩耗により歯髄腔の上端に第2象牙質が形成され、円形の歯星が出現する。
15歳前後では、黒窩の横にあったエナメル輪も消失する。
18歳以上では、第2象牙質の形成はさらに進み、歯星が唇舌に楕円形となる。

歯の摩耗の変化によって、これだけ年齢が推定できるのだ。

M太郎の第2切歯の歯髄死は、歯の摩耗の過程で起こったことが推測されるのだ。 (つづく)

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