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前歯部よもやま話 ~その3~ —何故、乳前歯は先に萌えるのだろう?—

2005年10月17日

数回にわたって、乳前歯の叢生や過蓋咬合について述べてきた。
乳歯の叢生は、間違いなく永久歯の叢生につながるだろう。
前にも述べたが、下顎の永久前歯が叢生になるのは、交換期におけるスペース不足である。
しかし、乳歯は下顎前歯から萌出しスペースは十分なのに、どうして叢生になるのだろう?(図1)
 
 
 
図1

 
 
 
最近、乳歯の歯冠が大きくなっているとの報告もある。
食生活が変化し高たんぱく食が増え、歯胚の形成期に影響を及ぼしているのだろうか?
しかし、そればかりではなく、何か大切なことを見逃しているに違いない。
そんな目で子ども達の診療をする毎日だ。
この点について筆者なりの考えを述べてみたい。
眉にたっぷりとツバをつけて、お読みいただきたい。

まず、胎児の顎の上下関係について調べてみた胎生の7か月では、下顎が後退位にある。
これは子宮内での窮屈そうな胎児の姿勢を思い浮かべれば、容易に想像がつく。
そして、出生近くなると前方に来る。(図2)
しかし出生時、狭い産道を通ることからも、下顎はかなり後方に位置しているに違いない。
 
 
 
図2

 
 
 
さて、出生時と比べ第1生歯が萌出する頃には、下顎が前に4mmほど前方に来る。
下顎が自然に前に出るのか?
それとも舌運動により、舌側の歯槽堤の骨が吸収され、唇側に添加するのか?
このあたりは、さだかではない。(図3)
 
 
 
図3

 
 
 
さて、母乳吸啜時には舌が前に出て、舌尖と上顎の歯槽堤で乳首の根元を捕らえ、舌のぜん動様運動で嚥下する。(図4)
 
 
 
図4

 
 
 
だとすれば、舌は顎の前方位と大きく関係する。
前にも述べたが、経管栄養で育った障害児は、顎が後方位にあるのもうなずける。

ところで、胎児の顎骨内での配列をみると、下顎の乳側切歯は捻転している。(図5)
 
 
 
図5

 
 
 
どうして捻転している乳側切歯が、正常な位置に配列するのだろう?(図6)
 
 
 
図6

 
 
 
これも舌圧が大きく関与している可能性がある。
実は下顎乳前歯の叢生。
これは、舌の機能低下の現われではないかと考えられる。(図7)
 
 
 
図7

 
 
 
ところで乳歯が、前歯から萌出するのには意味がある。
魚類・両生類・爬虫類には臼歯はなく、前歯しかない。
臼歯は、哺乳類になるときに獲得したものである。
従って爬虫類には臼歯がない。すべてが前歯なのだ。
爬虫類までの歯は、獲物を捕らえ・引きちぎる役目がある。
前歯は、進化の中で早期に獲得したからこそ、早く萌えてくる。
我々は、もっと前歯の必要性を見直す必要があるのかもしれない。
前歯でかじると、自然に下顎も舌も前方に出る。

ところがだ・・・・。
最近の幼稚園児の弁当箱を覗いてみたら。
“一口おにぎり”や“一口ウインナー”など、小さな食べ物ばかりだ。
そのため前歯を使わず、そのまま臼歯で噛んでしまう。
前歯は、包丁の代わりの歯であるから、細かく切れば前歯の意味がなくなってしまう。もっと前歯を活用する食生活が増えても良いのではなかろうか?
リンゴを小さく切らなければ、前歯でかじる。
さらに皮付きリンゴは、皮なしに比べ噛む回数も倍増する。
耳つきのパンも、前歯で引きちぎる。
丸ごとのトウモロコシは、まさに前歯でかじり取る。
こんな乳幼児期の食生活が、下顎を前に出し、舌を発達させ、被蓋を浅くし、空隙歯列弓を作り出し、
理想的な永久歯の咬合を作り出すのではないかと思っている。