2005年10月03日
前歯部よもやま話
その2:モンゴル遊牧民の食生活と切端咬合
患者さんの治療をしていると気づくことがある。
年配でも、いつまでもきれいな歯をしている方。
若いのにむし歯や歯周病で悩んでおられる方。
この差は、いったい何だろう?
歯磨きなのか?食生活なのか?
こんな疑問を持って、伝統的な食べ物を食べている人々の、口の中を覗きに海外へ飛び立った。
モンゴル高原。それはどこまでも果てしなく続く草の大海原。
360度,遥かかなたまで、緑の絨毯が敷きつめられている。
モンゴル帝国を築いた、蒼き狼 チンギス・ハーンは、ユーラシア大陸を横切り遥かフランスまで勢力を伸ばしていた。
世界地図の半分以上を塗り替えたと言う。
モンゴルの国土は、日本の約4倍。人口は220万人。
海抜1500メートルに広がる大地。国土の80%が草原だ。
人口の30%が、遊牧生活を送っている。(図1)
図1
ゲルに住み、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ達と緑の草原を求めさまよい歩く。
遊牧民は、日に焼けた精悍な顔をしている。
子ども達の顔は、かつての懐かしい日本人の顔だ。(図2)
馬の蹄の音を響かせながら、一日中大地を駆け巡っている。
図2
ところで、モンゴルの遊牧民の口を眺めていると圧倒的に切端咬合が多い。(図3)
図3
どうして切端咬合が多いか不思議でならない。
この答え、遊牧民と一緒に食事をするときに気がついた。
彼等にとって最高のごちそうは羊の肉である。
まず羊を倒し、ナイフで腹を裂き,手で大動脈を締めて殺す。
器用な手付きで皮を剥いでゆく。(図4)
図4
大地に一滴の血も落とさない。大地が汚れるからだという。
臓物を取り出す。腸の中身を出し、血液を入れてソーセージにする。
この間10分足らず、見事なスピードで解体が進む。
これらを塩ゆでにするのが最高のご馳走だ。
肉を食べるとき、ナイフやフォークなどはない。
まず前歯で骨につく肉を引きちぎる必要がある。
ゆであがった骨付き肉を、前歯で肉を引きちぎって食べている。
前歯がなければ食べられない。
なるほど前歯は食べ物を切る包丁の代わりなのだ。(図5)
図5
ヒトに前歯と奥歯があるのは、まず前歯で食べ物を咬み切って、奥歯で噛みなさいと言う意味だ。
前歯で引きちぎって食べる食習慣が、切端咬合が多い理由ではなかろうか?
そう言えば、日本でも縄文人は切端咬合が多い。
縄文人は、狩猟民族であったからモンゴル遊牧民と同じ歯の使い方をしていたのではあるまいか?
ご存知かと思うが、上顎前突は、そばやうどんを前歯で咬み切る事が難しい。
下顎前突では、リンゴの丸かじりが困難である。
また手の使えない動物では前歯は、手の代わりの道具である。
前にも述べたがウマは短い草を引き抜くために切端咬合となっている。
トリのくちばしも、長さが違えば獲物を取ることができないだろう。
我々ヒトも、前歯の意味を考え直す必要がありそうだ。
続く・・・