2012年12月14日
これまでウマの前歯と臼歯について述べてきた。
草食動物の歯をヒトの延長で考えていたが、食性による両者の違いには驚かされるばかりである。
さて話は28歳のロバのM太郎に戻る。
咬耗により右下第2切歯の歯髄腔が露出し歯髄死をきたしていた。
(図1)
動物園の獣医師と相談し、まず根管治療から始めることになった。
このような場合、ヒトの下顎前歯を治療するつもりで始めたら失敗する。
あらかじめ下顎前歯の形態を熟知しておく必要がある。
根管充填剤も根尖孔の閉鎖の状態により異なるだろう。
そこでまず正常像を知るため、ウマの骨格標本を見せていただいた。
まず下顎前歯の歯軸は、ヒトのように直立していない。
(図2)
歯冠は唇側に傾斜するが、歯頸部で舌側に湾曲し、歯根は下顎骨内で水平になる。
歯根は、単根で近遠心的に圧平し歯根は2~3cm程度である。
また、この標本では根尖が閉鎖している。
このように治療に際して、ウマの歯のイメージを頭の中に作っておく。
知らずに根管治療を行うと、穿孔する可能性もあるからだ。
次に知りたいのが、根尖の状態である。
それを知るためにはX線撮影が必要だ。
下顎前歯の歯軸を考え撮影するには、フイルム入りのカセッテを噛ませ咬合法で撮ることになる。
しかし、動物園には大型の装置しかない。
(図3)
これで撮影するのは少々厳しい。
案の定、まったく写っていなかった。
こうして資料を集め軽い鎮静の後、いよいよ本番である。
まず齲窩には草の繊維が多量にたまり、歯ブラシやピンセットで取り除く。
そして技工用のエンジンにバーをつけ、齲窩の軟化象牙質の除去にかかる。
ヒトの象牙質と比べかなり硬い感じだ。
(図4)
根管内をていねいに洗浄して、とりあえずセメントで仮封。
これで初回は終了。
根管治療をどう進めるかが、次までの宿題だ。
ハンドリーマーはとても入らないので、ピーソーリーマーで可及的に根管口を広げつつ感染歯質を除去する程度となろう。
さて2回目の治療。
歯科用のポータブルX線撮影装置を持参したが、きれいな画像を得ることはできなかった。
(図5)
軽い鎮静の後、口腔内を覗いてみたら、セメント仮封が取れていた。
簡単に取れないように仮封したつもりであるが、ロバの咬合圧は予想以上に強かったのだ。
さて髄腔の奥には、小さな根管口が見える。
試しに探針で探ってみると、ロバが嫌がった。
(図6)
きっと痛かったのだろう。
根管口だと思っていた部分が、根尖孔だったのだ。
だったら話が早い、洗浄を繰り返した後、水酸化カルシウム糊剤を置きセメントで裏装した。
そして技工用のエンジンで象牙質内にアンダーカットを作り、光重合レジンで充填を行った。
せっかくの機会であるから歯科衛生士に、特大の歯ブラシでブラッシング指導をしていただいた。
(図7)
とりあえず、治療はこれで終了。
機会があれば、定期健診だ。
ロバのM太郎、その後も元気で子どもを背中に乗せて活躍していることだろう。
>>岡崎先生のホームペ-ジ
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