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宇宙飛行士と歯の話 ~その3~ —宇宙生活と食事の話(栄養満点のチューブ食の落とし穴)—

2005年12月05日

宇宙飛行士にとっての楽しみ、それは宇宙船から地球を眺めること。
そしてもう一つ、それは食事の時間である。
仲間と語らいながら食べること、それは緊張した生活に潤いをもたらす。
宇宙食には、おいしく食べられるよう様々な工夫がなされている。
日本のカレーが、スペースシャトルでも大好評だったとの記事もあった。
ロシアの宇宙船には、フランスの三つ星レストランのシェフが作ったものまである。(図1)
 
 
図1

 
 
ところで、最初の宇宙食はチュ-ブ入りだった。
これが登場したのは、1960年代のマーキュリー計画。
そして最初に食べたのは、ジョン・H・グレン海兵隊中佐。
 
 
図2

 
 
聞き覚えのある名である。
1998年に向井千秋飛行士と共に、スペースシャトルに搭乗したグレン上院議員だ。当時は、クリームスープ、ペースト状ビーフなどがアルミ製のチューブに入っていた。
これを歯磨き剤のように、しぼりだして食べていた。
しかし宇宙食の評判が悪かったことは、あまりにも有名だ。
栄養的には満たされていたが、まずくて噛みごたえがなかったからだ。
ある宇宙飛行士は、「まるで接着剤か靴ズミを食べているような感じだ。」と言った。
また「アリゾナで訓練中に捕まえたヘビやトカゲより、まだまずい!」と言う声も聞かれる。
「これを食べるくらいなら宇宙へ行きたくない。」と拒否したロシアの飛行士までいる。
果ては、宇宙船の中にサンドイッチを持ち込んだ者も実在する。
彼の名は、ジョン・W・ヤング。
ジェミニ3号の操縦士として活躍した。
彼は、宇宙船の中で船長に「コンビーフサンドにマスタードをつけますか?」と言った。
船長ばかりでなく、地上の管制官も驚いた。
しかし当初、誰もが悪い冗談か嫌味だと思っていた。
ところが地球に帰還した船内から、パン屑が発見されたのである。
これが大問題となったのだ。
何故ならパン屑が、精密な器械に入ると宇宙船が誤動作を起こす可能性がある。
そうなれば、地球に帰還できないかもしれない。
だから当時、パンを持ち込むことなど到底できなかった。
しかも宇宙飛行士が、船内にパンを持ち込むためには厳重なチェックを必要とする。これを潜り抜けることは、機密防衛上の問題もある。
NASA長官が、議会で陳謝する問題まで発展した。

でもそこまで危険を冒して、パンを機内に持ち込んだ理由は何だろう?
そう!栄養学的に満たされていても、噛みごたえのない食物は満足できないのだ。さて人が食べることをドイツ語でエッセン(essen)と言う。
ところが動物が食べることをフレッセン(fressen)と使い分ける。
どうして言葉を使い分けているのだろう?
人が食べること、それは栄養の摂取のみならず、歯ざわり・舌触りを楽しみながら、おいしく食べることだ。
一方フレッセンとは、餌として食べることを意味している。
かつての宇宙食では満腹感は得られても、満足感は得られないのだ。
エッセンとフレッセンの違い。それは満足感と満腹感の違い。

ところで現在でも、チューブ食は存在する。
病院の点滴、鼻から管で胃に流し込む経管栄養。これも一種のチューブ食といえる。これらチューブ食は、噛む必要がない。まさにフレッセンとしての食べ方である。エッセンとして満足感を味わいながら食べること、そのためには噛める歯も大きく関与する。
 
 
図3

 
 
図4

 
 
写真提供:宇宙科学研究家の若居 亘先生
図1 フランスの三星レストランのシェフが作ったロシアの宇宙食
図2 グレン議員 マーキュリー計画のとき、宇宙食を食べた最初の人である
図3 チューブ食は、まずく噛みごたえがないので評判が悪かった
図4 チューブ食を食べている宇宙飛行士