MAIL MAGAZINE メールマガジン

スポーツドリンクと経口補水液【2】コレラ流行と経口補水液の誕生

2016年07月19日

イオン飲料の開発は、人間とコレラとの戦いの歴史から始まる。

コレラに感染すると、“米のとぎ汁”のような激しい下痢をして脱水状態に陥る。(注1)

体内から、水分のだけでなくナトリウムなどの電解質も奪われる。

ナトリウムが不足することは、汗が塩からいことからも理解できるだろう。

ところで、体液には何故ナトリウムが含まれるのか?

ここで簡単に体液について整理する。

水を飲むと、小腸から吸収され、全身の血管を通じて細胞の周囲に行き渡る。

これが、血漿や組織間液などの“細胞外液”。

しかし、これだけでは細胞の中に入っていけない。

細胞に入るためには、ナトリウムが必要なのである。

(図1)
スライド1

だから細胞外液には、たくさんのナトリウムが存在する。

ナトリウムがなければ、栄養が細胞に行き渡らないし、老廃物を排出することもできないのだ。

さて、アイルランドの医師ラッタは、1882年瀕死のコレラ患者に食塩水を注射して命を救った。(注2)

しかし当時、消毒法についての知識が十分でなく、感染により死亡するケースが多かった。

現在の様に手術や注射が滅菌状態で行われるのは、消毒法の普及以降である。

マリオットは、1920年小児に輸液をして死亡率を90%から10%に激減させた。

この成功により輸液療法が注目され始めたのだ。

さてインドは、古くからコレラの多発地帯として有名である。

1971年の流行時には、死亡率が30%にも達した。

あまりの大流行のため、点滴が不足していた。

処置を行うためには、医療設備や多数のスタッフも必要だ。

その頃、ブドウ糖とナトリウムを同時に摂取すると、小腸から水分と栄養分が急速に吸収することがわかってきた。(注3)

(図2)
スライド2

ブドウ糖の濃度が、1~2%の時に最も吸収されやすい。

これよりも低くても高くても、その効率は低下する。

そこで開発されたのが、WHOの経口補水液(ORS)であった。(注4)

これを飲むと静脈への点滴と同じスピードで吸収される。

すなわち、経口補水液は“飲む点滴”と言えるのだ。

おかげで、コレラの死亡率が30%から3.6%に低下した。

しかも設備やスタッフが必要ないし、簡単にできる。

(図3)
スライド3

経口補水液の利用で、発展途上国において毎年何十万人もの子ども達の命が救われた。

それでは、この経口補水液とスポーツドリンクは、どのように違うのか?

続く

 
(注1)脱水とは、体から水分が失われるだけでなく、電解質も同時に失われることを指す。
(注2)電解質輸液は、Lattaが塩化ナトリウム0.5%と炭酸水素ナトリウム0.2%を含む製剤をコレラの治療に投与したのが最初である。
(注3)ナトリウムイオン・ブドウ糖共輸送機構:ナトリウムイオンとブドウ糖が含まれない水分を摂取してもほとんど体内には吸収されない。
   腸管内ではナトリウムイオンとブドウ糖が力を合わせて水分を吸収させる。
(注4)経口補水液(ORS Oral Rehydration Solution)は体から失われた体液(水分・電解質・ブドウ糖)を補う液で、これらを一定量配合させている。
 
 

前 岡山大学病院 小児歯科 講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
岡崎 好秀
http://leo.or.jp/Dr.okazaki/