2011年10月17日
現在、歯・咀嚼と全身の健康との関係について多くの研究がなされている。
ここに素晴らしい論文があるので紹介したい。
しかも発行は1958年。
今から53年前のものである。
題名は「口腔保健指導が児童の体格並びに精神発育に及ぼす影響に関する研究」神田三郎著(九州歯学会雑誌)である。
著者の神田三郎先生は、九州の某小学校で、齲蝕治療を施しよく噛むように指導したら、児童の心身の発達にどの程度影響するかについて精細に研究された。
まず先生は、小学校4年生(464名)から以下の基準に基づいて120名を抽出し、ランダムに実験群と対照群に分けられた。
1.3歯以上の齲蝕がある者。
2.歯垢・歯石が著しく付着し歯肉炎がある者。
3.全身的に一般疾病のない者。
4.体格・栄養状態は平均か少し劣る者。
5.知能学力程度は学業成績と知能テストの中程度か少し劣る者。
6.家庭環境は炭鉱の鉱員として両親が健在な者。
そして実験群の児童に対し次の処置を行われた。
1.口腔内の諸疾患を治療する。
2.齲蝕歯はアマルガムかインレー充填を行い完全咀嚼を可能にする。
3.残根は抜歯。
4.歯垢・歯石の除去
5.歯科検診により齲蝕の再発を防ぐ。
さらに生活指導として食事前後の含嗽や授業中の姿勢の矯正、偏食の矯正などの他に、咀嚼訓練について重点的に行われた。
また昼食は50分とし十分な時間を与え、フレッチャー氏の咀嚼法を参考に、食物が食道に流れ込むまで噛むように指導された。
そして両群の児童の
A 体格検査
B 知能検査
C 疲労測定
D 口腔内細菌数や血液像の変化
E 衣重(服の重量 注1)および病気欠席について3年間調べられた。
その結果:
1.実験群は、対照群と比べ当初差がなかったが、時間の経過とともに身長・座高・体重・胸囲とも著しい増加が認められた。
2.山本式知能検査では、対照群は大きな伸びはなかったが、実験群では3年後には平均知能指数が120となり極めて優秀な状態となった。
3.疲労測定はザンブリニ・渡辺氏法と竹屋氏法の結果から、実験群では午前と午後の疲労曲線に大きな変化がなく、日中の学校における疲労はほとんどなかった。しかし、対照群では午後になると中・高度の疲労度が高率を示した。
4.口腔内細菌数の消長や血液像には大きな変化が認められなかった。
5.実験群は対照群に比べ、冬季の衣重は軽く、病欠率・病欠日指数は約半数だった。
この論文は、まさに我々歯科医師が求めている“歯・咀嚼と全身との関係”を見事に証明したものである。
しかもこれは、児童をランダム化し比較するとともに、現場の教師にも知らせず二重盲検法で行っていたと言う。
そのため全くバイアスが加わっていない。このような研究が50年前に行われていたことには驚きを隠せない。
現在では、同様の研究を行うことは事実上不可能であろう。
そういう意味でも、これは歯科界の宝物と言える論文である。
注1:衣重は、外気温に対する抵抗力の指標の1つとして考えられる。
注2:本論文は、以下からダウンロード可能である。じっくりご覧いただきたい。
⇒ http://ci.nii.ac.jp/naid/110003008510
注3:「咬合と全身のアンソロポロジー日本のEBMの先駆者:神田三郎によるランダム化比較試験の全貌」森 敏夫他 歯界展望Vol.99 No.2 (2002-2)427-432にも紹介されている。
>>岡崎先生のホームペ-ジ http://leo.or.jp/Dr.okazaki/