2007年11月19日
前回は、下顎前歯部にインプラントを入れその上に義歯を装着したら、劇的にADLが高くなった例について述べた。
前回の記事です。
https://www3.dental-plaza.com/archives/8883
さて、この患者さんは、どうして良くなったのだろう?単に,義歯を入れて、食べられるようになったからなのか?義歯を入れたことで、体のバランス機能が向上し歩けるようになったのか?それとも、もっと他に理由があるからなのか?
もちろん、食べられるようになったことが大きな理由だろう。でも筆者は、そればかりではないような気がする。インプラントを下顎前歯部に入れたことと関係があるように思うのだ。
さて筆者は、障害児を中心に診療し、現場でさまざまな経験をしてきた。患児は重度の脳性麻痺で舌が突出している。(図1)
図1
この児は以前、舌が突出していなかった。ところが肺炎で呼吸停止をきたし、救命処置で気管内送管を行った。その時、下顎前歯が脱臼した。一命は食い止めたものの、以後食べさせようとしても反射的に舌が出るので食べさせることができない。
健康な方なら、徐々に歯を失っても、脳が舌の位置を覚えている。しかし脳が急激に大きなダメージを受け、同時に歯を失った場合は違う。
さて原始反射は脳幹部で起こる反射である。(図2)
図2
口腔領域では、吸啜反射、咬反射、舌の挺出反射などがある。脳幹部の上に高次中枢が添加して、原始反射は消失する。前回の例もこの例でも、高次中枢に大きなダメージを受けたので、原始反射が出現したのだ。・・だとすれば、再度口腔機能の発達に合わせ、摂食機能訓練を行う必要がある。
舌は、離乳初期には前後運動する。そして中期には上下運動をして、離乳後期には左右運動となる。(図3)
図3
ひょっとしたら舌が前後運動から、上下運動になるきっかけは、下顎前歯の萌出と関係があるのではなかろうか?そう考えれば、歯は下顎前歯から萌出する必然性がある。下顎前歯により前後運動が抑制され、舌は前後的な位置関係を学習する。しかし舌は、本来動きたい。そこで舌が上がるのだろう。舌尖が上顎の切歯乳頭にあたり、そこを固定点として舌背部を口蓋に押し付け蠕動様運動が起こる。これが成熟型の嚥下に移行するのではなかろうか。(図4)
図4
ここで本題に戻る。前回の例では、下顎前歯にインプラントが入ったところで、舌のストッパ-ができた。そこで舌は、離乳初期の前後運動から、上下運動へ移行できた。そして義歯の装着により、離乳後期の運動を経て似一挙に口腔機能が高まり、全身状態の回復につながったと推測される。下顎前歯は、舌運動の支点なのである。
じつは、ここまで考えついて、下顎前歯に義歯を入れたケースがある。ある方が、交通事故による頭部外傷で、施設に入り寝たきり生活をしていた。意思の疎通は不可能であり、食べることもできず胃瘻の状態であった。その施設で、摂食機能訓練を行ったが上手くいかない。スプーンを口に運ぶと舌が出て、食べ物を出してしまう。口腔内を診たところ、やはり送管時に下顎前歯を脱臼していた。これが原因かと思い下顎臼歯を鉤歯として、義歯を装着した。その結果、思ったとおり舌が前に出てこなくなり、上手に食事の介助が受けられるようになった。首の座りもしっかりしてきたし、表情も豊かになった。やはり下顎前歯の欠損が原因で、食べることができなかったのだ。
さて最近、ミニインプラントの研究会で話をさせていただいた。小児歯科とミニインプラントは、まったく接点がないと思っていた。ところが・・・である。
ミニインプラントも下顎前歯部に入れ、その後義歯を装着する。実は、今回紹介したのと類似したケースがあるそうだ。機能発達の話は、高齢者の摂食嚥下の分野でもつながるのである。
(謝辞: 今回の連載は、名古屋市開業 大原敏正先生の御厚意により貴重な資料を掲載させていただきました。御礼を申し上げます。)
□■ 岡崎先生のホームペ-ジ http://leo.or.jp/Dr.okazaki/