2004年09月06日
要介護度があがる、すなわち老化が進行することと並行して、義歯治療は難しくなる。この難しさは、顎堤の高度吸収などによる解剖学的問題や顎位の不安定さなど、補綴学的に難症例であるというだけではないものと考える。
患者との会話が成立しない場合には、口腔内の診査や摂食状況の観察、介護者の意見などにより、原因を間接的に診断して治療することが必要となる。
多くの場合は、義歯性褥瘡による疼痛や義歯不適合による義歯不安定などが原因となるので、患者の表情や仕草を観察しながら、比較的治療はスムーズに行える。特に、疼痛に対する反応はどのようなケースでも比較的ストレートに現れる。
しかし、患者本人の意思表示がほとんど不可能で、喫食率低下や義歯使用拒否、栄養状態の悪化など、主訴が疼痛に関連しないことを、介護者が義歯治療によって改善を希望した場合などの診断と治療は難しい。また、治療に対して非協力的であったり、拒否や指示に対する反応ができない場合は、当然治療方法が制限される。
このやむを得ず選択された治療方法のデメリットをどの様にカバーするか、材料学的な知識や多くの臨床経験が必要とされる。さらに、老化の進行を前提とした長期的な治療計画も考慮する必要がある。
もっと身体機能が低下したら?
もっと痴呆が進行(精神機能が低下)したら?
歯科診療室に外来受診できなくなったら?
キリがないと思われる方も多いであろう。
しかし、決してこの仮定は特別なことではなく、長寿であればほとんどの人間に起きることである。
重篤な疾患もなく、 28本の歯が残存した状態で平穏無事に100歳まで生存し、老衰で死亡するという一生を考えたときに色々な疑問が湧く。例えば、摂食可能な食物形態は、いつまでも若い頃と同じものであるのだろうか?
老化の進行と共に消化吸収機能や排泄機能が低下するのと並行して、例え歯が28本残存しているとしても、摂食可能な食物形態は徐々に小さく柔らかくなってゆくのではないだろうか?
日常臨床の中で、色々な老化の段階の高齢者と接しているうちに、このようなことを考えるようになった。実際にデータを解析してみると、老化の進行、すなわち精神・身体機能の低下と並行して摂食可能な食物形態は小さく柔らかくなっていた。老化の進行に合わせた適切な食物形態の指導が必要であろう。しかし、それ以上に、私達歯科医師が関わることで老化の進行を防ぐことができないだろうか。
義歯使用についても調査してみると、精神・身体機能が低下しても、ある程度までの低下までは義歯使用率に変化はなかったが、それ以上低下すると、低下の程度と並行して徐々に使用率が低下していた。さらに85歳までの後期高齢者までは身体機能が義歯使用率に強い影響を与えていたが、85歳以上の超高齢者になると精神機能、すなわち痴呆の程度が強く影響していた。
また、生命予後に影響を与える要因に関して解析したところ、高齢者にとって「義歯を使用する」ということは、残存身体機能や痴呆などの全身的状態よりも、強く生命予後に影響を与える要因であった。まさに、義歯は高齢者の生命線を握っていると言えるものと思う。
【参考文献】
・藤本篤士:口腔ケア 義歯が老化と生命にどのように関わるか “ザ・クインテッセンス”4月号:66-72、22(4)、2003
・藤本篤士、他:高齢者の栄養摂取方法に関する研究―義歯使用に影響を及ぼす要因について― 老年歯学、18(3):191-198、2004