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介護の現場から(3)

2001年09月17日

72歳のBさんは、疲れ果てた看護婦さんに連れられてやってきました。

Bさんは症候性てんかん、直腸癌術後でストーマ造設、重度の老人性痴呆などで療養されている患者様です。

看護婦さんによると、1週間前から、感情失禁がひどくなり、泣いたり怒ったり...時には暴力もふるうようで、徘徊もどんどんとひどくなっているとのことでした。

体のどこかが調子が悪いのかと色々と検査しても問題なく、好きな食べ物をあげても拒否されたり、いつもなら気持ちがいいので機嫌が良くなる膀胱洗浄をしても全く効果がなく、ほとほと疲れ果てて思い出したのが、1週間前に義歯をなくしたことでした。

Bさんは上顎は左右7番のみ残存し、下顎は無歯顎でした。常時、上顎のみに部分床義歯を装着して生活しており、食事も刻み食をしっかり自立して全量摂取されている患者様でした。

この義歯をなくしてから、上記のような強い不穏状態が継続しているのです。
この不穏状態を「なんとかしてほしい!」という、看護婦さんと家族の切実な思いが伝わってきました。

ところが、いざ義歯を作るとなると本人に義歯を作るということを理解してもらうのも大変ですし、なにより印象を採ったり、バイトを採ったり....(^-^;)、最初の段階で痛みが強ければ義歯を入れることをそれ以降拒否してしまうでしょうから、調整は慎重にしなくてはならないですし、義歯の大きさや、床の厚みなど本人が寛容できる旧義歯に近い形態のものでなくては、装着拒否されてしまうでしょうし、何より不穏状態の原因が義歯かどうかもわかりません。

しかしながら、看護婦さんと家族の熱意に後押しされながら、なんとか義歯を作ることができました。

Bさんが義歯装着して2日後、診療室には一人の物静かなおばあちゃんが車いすに座っていました。

「入れ歯は痛くないですか?」と聞くと「はい、痛くありません。」と答えてくれますし、義歯の取り外しもさせてくれます。「痛かったらすぐに来てね。」というと「ありがとうございます。」とも言ってくれました。

このおばあちゃんが、治療のたびに診療室で「叩く、蹴る、叫ぶ」と大騒ぎしたBさんだとは信じられない気持ちで、歯科衛生士たちは、僕とBさんの受け答えを見ていたようです。