2003年09月16日
樹脂含浸層(Hybrid Layer)は、既にご承知の方も多いと思いますが、現在東京医科歯科大学名誉教授でいらっしゃる中林宣男教授が、1982年に象牙質とレジンとの接着を研究している過程で発見したものです。
最新接着用語解説集(*)には、「脱灰した表層象牙質にレジンが浸透・硬化し、歯質のコラーゲンやハイドロキシアパタイトなどの歯質構成成分とが絡み合った層」と定義されています。
先生ご自身は、接着性レジンを用いると出来る、特殊な層と捉えられるのがご不満の様子で、「もともと象牙質であったところが、樹脂が染み込むことによって、新たな機能を持った層に変質するだけで、これは象牙質なのだ」と強調し、「樹脂含浸象牙質(Hybridized Dentin)」という言葉を、好んでご使用になります。
この樹脂含浸(層)象牙質は、象牙質とレジンとの接着を理解するうえで極めて重要なものと、世界中で評価されています。
さらに象牙質-レジンの接着は、面と面との表面化学による接着ではなく、象牙質の中に染み込む、あえていうならば木材同士の接着に似ていることが分かります。
従って、象牙質-レジン接着の良否を決めるのは、単に接着性レジンの問題だけではなく、象牙質そのものの性質がさらに重要であることを意味しています。
中林先生は、各メーカーの方、あるいは若手研究者に、接着性レジンの研究もさることながら、象牙質、すなわち生体側の勉強をもっとしなさいとのサジェスチョンを頻繁に出されているのは、こういう理由からです。
この層の性質をさらによく調べるために、象牙質とレジンとの接着界面を塩酸に浸漬してみますと、象牙質の部分は、ハイドロオキシアパタイトが溶け出して、象牙細管に入り込んだレジンタグとコラーゲンだけの層になってしまいます。
しかし、樹脂含浸象牙質の部分は、もともと象牙質であったにもかかわらず溶けません。
さらに今度は、有機成分を分解する次亜塩素酸ナトリウムにつけると、コラーゲンが溶け出し象牙質はタグだけになってしまいます。
しかし、この操作においても、樹脂含浸象牙質は溶けずにそのままの形状で残ります。
酸にも溶けず、有機成分を分解する試薬にも溶けない。これは何を意味するかお分かりでしょうか?
象牙質う蝕を現象面で捉えると、ハイドロキシアパタイトが溶け出す脱灰現象と、その後のコラーゲンの分解、すなわち有機成分の破壊からなるといわれています。
懸命な読者(?)ならもうお分かりでしょう。
そうです、樹脂含浸象牙質は「う蝕にならない象牙質に改質された」ということが出来るのです。
樹脂含浸象牙質は外来刺激を遮断する、物質不透過性の組織、すなわち人工エナメル質になって、内部の組織を守りうる可能性を示したのです。
確かに、天然のエナメル質のように硬くもなく、美しさもない組織ですが、生物学的には立派にエナメル質の機能を代替しています。
樹脂含浸(層)象牙質が生成されると、例えその上のコンポジットレジン部が剥離したとしても、細菌が内部に入り込まないことは、多くの臨床実験によって証明されています。
私と中林先生は、生体の保護膜である樹脂含浸象牙質を介して行われる接着のことを超接着と呼んで、普通の接着とは違うことを理解していただこうとしたのですが、残念ながらこの言葉は十分には普及はしませんでした。
さて、次回からはこの人工エナメル質を用いた臨床の実際についてお話します。
(*)最新接着用語解説集 中林宣男編 クインテッセンス出版、1992。