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【4】個人トレーのコツを教えます

2016年08月16日

こんにちは、東京および北海道札幌市で、総義歯治療専門歯科医師として働いております松丸悠一です。

このメルマガでは「総義歯臨床のちょっとしたコツ」をテーマに、いろいろな術式や考え方がある総義歯治療に関して、
現在のところ私がスッキリしていることを中心にお伝えしていきたいと思います。

今回は、前回に引き続き総義歯治療の土台となる「印象採得」をテーマにしたいと思います。

前回は既製トレーを用いた場合の内容でしたが、今回は個人トレーのお話をさせていただこうと思います。

ここでの個人トレーは口腔内にてローフローのシリコーン印象材やインプレッションコンパウンドにて辺縁形成を行い、
ハイフローのシリコーン印象材などでウォッシュ印象する術式で、そのまま完成義歯の大きさになるように印象を完成させる目的のものとします。

まず、個人トレーの製作法ですが、一般的にアルジネート印象から模型を製作し、その模型上に外形を設定後、
ブロックアウトやリリーフを行って、トレー用レジンを圧接して製作することが一般的だと思われます。

では、さっそく流れを追ってみましょう。

まず外形線を設定していきます。

前回でも触れましたが、トレーは完成する義歯よりも一回り小さいことが重要です。

ここで不安になって一回り大きいトレーにしてしまうと、
せっかくの個人トレーが印象辺縁をそのまま義歯に活かせない“適合の良い既製トレー”になってしまうので注意してください。

外形線を設定した後、トレー用レジンを圧接していきます。

しかし、適切な印象により製作された上下顎無歯顎模型には多くの場合、アンダーカットと呼ばれる影になる部分があります。

ですので、模型から着脱するためにはトレー用レジン圧接前にブロックアウトが必要になります。

じつは、このブロックアウトを最小にすることが良い印象を採るために非常に重要なのです。

ブロックアウトをするとトレー辺縁はどうなるかというと、模型上の顎堤から離れます。

では、顎堤から辺縁が離れたトレーで印象するとどうなるでしょう?

その場合、生じた隙間に印象材が満たされ、完成する印象は隙間+トレー辺縁の厚みとなります。

ですから、全体的に辺縁が顎堤から離れたトレーを使うと、意図せず厚い印象になってしまうリスクがあります。

意図せずに厚い印象になることは避けなければなりません。

そのなかでも不必要な厚みに注意しなければならない部位を2箇所確認したいと思います。

・上顎唇側辺縁

上顎唇側辺縁はリップサポートのスタートであり、ここに不自然な厚みを与えてしまうと、
鼻の下に何かものが入っているかのような「義歯が入っているなぁ」という雰囲気の顔貌になってしまいます。
 
また、同部の厚みを後から試適時などに削合・調整しようとすると、
上唇の位置が下がって審美的な前歯の排列位置に影響を及ぼすなどの変化が起きてしまいます。

この部位は顔貌に調和したボリュームを印象時に確認する必要があり、
適切な唇側辺縁の厚みを設定するためには、トレーができるだけ唇側顎堤に適合している状態である必要があるわけです。

・下顎大臼歯部後方の舌側辺縁

下顎大臼歯部後方の舌側辺縁は、嚥下運動や舌の運動にかかわり、装着感に重要な部位です。

ここに不自然な厚みを与えてしまうと、舌の脇腹を義歯の厚みによって圧迫する状態となり、舌の運動に影響を与えることはもちろんのこと、
装着感を著しく悪くさせる原因となります。

この部位は嚥下時の顎舌骨筋の緊張を可能な限り印記した後に、舌房に配慮し薄く印象を採ることが重要です。

以上より、上記箇所ではとくに辺縁が開いていない(辺縁が顎堤から離れていない)トレーを用意することが重要だということです。

みなさん、辺縁が開いた個人トレーを使って臨床をしてしまっていませんか?

ぜひ上記2箇所が顎堤から離れていないか確認してみてください。

こういったことがチェアサイドはもちろんのこと、
ラボサイドにおいて認識されていないと辺縁が大きく開いたトレーが製作されてしまう可能性があります。

じつは、上顎唇側辺縁と下顎大臼歯部後方はトレー製作時に辺縁が開きやすい部位でもあるのです。

その理由を下記に示します。

・上顎唇側辺縁

上顎前歯部顎堤は喪失する前の歯牙植立方向の影響を受け、一般的に咬合平面に対してわずかに唇側に傾斜している場合が多い。

・下顎大臼歯部後方の舌側辺縁

下顎大臼歯部舌側は顎舌骨筋線から後顎舌骨筋窩に至る解剖学的特徴により、後方にいくほどにアンダーカットが強くなっている場合が多い。

ですから、仮想の咬合平面に対して垂直に着脱方向を設定すると上顎なら前歯部唇側、下顎なら大臼歯部舌側後方にアンダーカットが生じます。

このため、辺縁が開いたトレーが製作されやすいのです。

ではどのように製作すればよいのでしょうか?

そうです。

ここで必要なのは着脱方向の変更なんです。

・上顎個人トレーの着脱方向は斜め前方から

上顎前歯部に記入したトレー外形線が見える程度に斜め前方に着脱方向を設定してみてください。

多くの症例では唇側辺縁のアンダーカットがほとんどなくなり、上顎結節外側のわずかなブロックアウトで済むのではないでしょうか。

・下顎個人トレーの着脱方向は斜め後方から

顎舌骨筋線下に記入したトレー外形線が見える程度に斜め後方に着脱方向を設定してみてください。

多くの症例では下顎唇頬側にアンダーカットはなく、
舌側辺縁のアンダーカットもレトロモラーパッド直下にわずかにブロックアウトする程度になるはずです。

着脱方向を適切に設定することで個人トレーの品質が高くなること、そして採れる印象の出来が良くなることまちがいなしです。

最後に、チェアサイドにてすでに辺縁の開いたトレーを手にしてしまっている場合は困りますよね。

そのような場合でもあきらめて印象を始めないでください。

視診やシリコーン適合試験材などを用いてトレー辺縁の開きを確認した後、
その部位に即時重合レジンや直接リライン材を用いて個人トレーを部分的にリラインしましょう。

そしてトレー外側を削除して厚みを調整すればOKです。

急がば回れ、総義歯の印象はトレーで決まります!

いかがでしたでしょうか?

総義歯臨床のちょっとしたコツ、今回はちょっとマニアックに「個人トレー」というテーマにチャレンジしてみました。

内容的にはトレー辺縁の開きと取れる印象体との関連、模型上アンダーカットのマネジメントという内容になりましたね。

トレーの試適が重要なことはもちろんですが、印象の成否はトレーを製作したときにすでに決まっているのです!

参考にしていだだけると嬉しいです。

次回は「義歯調整」をテーマにお話させていただきます。

北海道札幌市勤務・コンフォートデンタルクリニック
松丸 悠一
http://www.irebasapporo.com