2016年08月01日
こんにちは、東京および北海道札幌市で、総義歯治療専門歯科医師として働いております松丸悠一です。
このメルマガでは「総義歯臨床のちょっとしたコツ」をテーマに、いろいろな術式や考え方がある総義歯治療に関して、
現在のところ私がスッキリしていることを中心にお伝えしていきたいと思います。
総義歯治療は粘膜負担の補綴治療であり、軟組織に維持力・支持力を求めなければならないという特徴があります。
今回は、総義歯治療の土台となる「印象採得」をテーマにしたいと思います。
さて、みなさんはどのように印象採得されていらっしゃいますか?
トレーとして用いられているのは旧義歯、既製トレー、個人トレー、コピーデンチャーや治療用義歯など。
また、印象材もアルジネート、コンパウンド、シリコーンや酸化亜鉛ユージノールなどさまざまです。
それぞれに長所・短所があるので、現在のところ「これが一番」といった術式はなく、私は症例に応じて選択しております。
さまざまな術式がありますが、どんなトレー/材料であっても共通の注意点があるように思います。
臨床での利用頻度が高いであろう既製トレー/アルジネート印象材での印象採得について流れを追いながら、
その共通の注意点を確認していきたいと思います。
では、さっそく流れを追ってみましょう。
まずはじめに、印象採得の前に患者さんの口腔内をよく観察してください。
大きな潰瘍や真っ赤なフラビーガムはありませんか?
そのような場合に印象を採って先に進んでしまうと、その模型とその後の口腔内に想像以上の違いを生じます。
ですから、そのような場合は事前に補綴前処置(旧義歯調整やティッシュコンディショニング)を行うことが必要となります。
それでは次にトレーの選択です。
じつは、ここがもっとも重要なところです。
上顎であれば上顎結節を覆うサイズ、下顎であればレトロモラーパッドを覆うサイズを選びましょう!とよくいわれていると思います。
これは正しいのですが、全体を覆うためにちょっと大きめを選んでいませんか?
ここで皆さんにお伝えしたいのは、柔軟性のある軟組織を相手にする義歯の印象において、
得られる印象体は思った以上にトレーの外形に影響を受けるということです。
ここでは「大は小を兼ねる」ではなく、
必要なところが覆えているのであれば若干小さめ(実際完成するであろう義歯の大きさに近い)のトレーを選択するほうが良いのです。
そのほうが間違いなく良い印象、情報量の多い印象が取れます。
まだ、皆さん腑に落ちていないですよね。
そうなんです。
必要なところを覆っているような感じがしても、既製トレーにピッタリあった顎堤は非常に少ないですよね。
ここでトレーの試適時に使用する印象材の硬さを考える必要があります。
印象材の硬さについてよく言われるのが、
「固めに練ったアルジネートでしっかり採るべきだ」
「軟らかめの印象材で粘膜はできるだけ無圧的に印象するべきだ」
こんな話ではないでしょうか?
これらの話は想定されている状況が違うだけで、私は両方ともに正しいと思います。
ただ私が皆さんにお伝えしたいのは、印象採得の優先順序です。
まず、「必要な範囲がもれなく印象できるか」であり、次が「必要な範囲をできるだけ変形させず印象できるか」です。
これを試適したトレーが顎堤に合っていない場合と合っている場合に分けて考えていきましょう。
【必要な範囲がもれなく印象できるか】
・トレーが合っていない場合
トレーが合っていないということは、トレーと顎堤との間に距離があるということです。
必要な範囲を印象する際に印象圧が必要になりますが、軟らかい印象材だと圧力が加わらず、必要な範囲を印象することが難しくなります。
よって硬めの印象材を用いて印象材のコシも利用し、必要な範囲を印象する必要があります。
・トレーが合っている場合
トレーが合っているということは、必要な範囲をトレーが覆っていて、顎堤との距離も短いということを意味します。
ですので、硬めの印象材でも軟らかい印象材でも印象採得が可能です。
強いて言えば、硬めの印象材だとトレーを試適時の位置に戻すのが少し難しくなります。
【必要な範囲をできるだけ変形させず印象できるか】
この目的を達成するには、軟らかい印象材のほうが有効なのはご理解いただけると思います。
・トレーが合っていない場合
この場合は「必要な範囲をもれなく印象する」ことを優先してください。
・トレーが合っている場合
この場合、硬くても軟らかくても「必要な範囲をもれなく印象する」ことが可能なので、軟らかい印象材を用いるべきだということになります。
以上より、実際の臨床において「必要な範囲をもれなく印象」でき、「必要な範囲をできるだけ変形させず印象」するためには、
まずトレーをできるだけ顎堤に合わせるということが重要になるということです。
そのため、既製トレーを試適した後にユーティリティーワックスやソフトワックスなどを用いてトレーの形を完成義歯の形態に近づけることが必要です。
そして、軟らかめの印象材で印象することにより非常に質の高い印象が可能になります。
しかし、実際の臨床ではトレーを細かく調整できる状況にない場合も多いと思います。
この場合はまず「必要な範囲をもれなく印象」することに重点を置いてください。
試適したトレーと顎堤との距離が長く適合が悪い場合、硬めの印象材で印象したほうが良い結果となります。
私が考えるこのトレーと印象材の硬さの関係は、既製トレー&アルジネート印象材の組み合わせだけでなく、
個人トレー&シリコーン印象材や治療用義歯&ティッシュコンディショナーの場合でも原則は同じです。
最後に、既製トレー&アルジネート印象材を用いる場合には、じつはちょっと裏ワザもあります。
それは軟らかいアルジネートをシリンジにて口腔内に流し込んでおき、
トレーに普通の硬さあるいは少し硬めのアルジネートを盛って挿入し印象する“アルジネートシリンジテクニック”という術式です。
シリンジで流し込むために、印象圧は必要ありませんし、必要な範囲を覆ってさえいればトレーの適合も問題になりにくいです。
同時に2つの異なるアルジネートを練らなければならないなど、環境を選びますが、慣れるとこれはかなり安定して良い印象が採れます。
いかがでしたでしょうか?
総義歯臨床のちょっとしたコツ、今回は「印象採得」というテーマにチャレンジしてみました。
内容的にはトレーの試適と印象材の硬さという内容になりましたね。
冒頭でもお話させていただいたように、ここがもっとも印象の結果を左右するところと考えます。
参考にしていだだけると嬉しいです。
次回も引き続き、「印象採得」をテーマに、また違った切り口でお話させていただきます。
北海道札幌市勤務・コンフォートデンタルクリニック
松丸 悠一
⇒ http://www.irebasapporo.com