2018年09月17日
高齢者の誤嚥性肺炎は、日本の保健医療における大きな問題となっている。
2017年の人口動態統計によると、誤嚥性肺炎による死亡者数は全体の第7位であり、死亡者数全体の2.7%を占めていた。
また、日本では1日当たり70歳以上の約2万人が誤嚥性肺炎で入院し、その年間費用は約4,450億円と試算されている。
近年、口腔の健康状態と肺炎との関連が指摘されている。
特に要介護高齢者においては、歯科職種による定期的な口腔の管理が肺炎による発熱や死亡を防止することが報告され、肺炎予防における口腔衛生管理の重要性が明らかになっている。
しかし、現在歯数と肺炎との関連については意見が一致していない。
現在歯数や咬合支持のある歯数が多い者ほど発熱や誤嚥性肺炎への罹患が多いという報告がある。
その一方で、現在歯数が少なく咀嚼困難を自覚する者ほど肺炎による死亡が多いという報告や、現在歯数の違いによる肺炎有病率には差が認められなかったという報告もある。
歯数と肺炎、特に誤嚥性肺炎のリスクの関係は、メカニズムの点からも議論の的となっている。
歯面への歯垢の付着が一定であれば、現在歯数が多いほど細菌の総数は多くなり、誤嚥性肺炎のリスクは高くなると考えられる。
一方で、現在歯数が少なくなり臼歯部における咬合支持を失うと、嚥下障害が起こりやすくなり、誤嚥性肺炎のリスクとなるとも考えられる。
このような背景のもと、われわれは、歯科や医科の医療機関を受診する者を対象としたリアルワールドビッグデータを用いて歯数と誤嚥性肺炎との関連を検討した。
具体的には、レセプト情報・特定健診等情報データベースを用いて、2013年4月分の歯科の診療報酬明細書データに誤嚥性肺炎病名および医科点数のデータを結合し、65歳以上の歯周炎病名および欠損歯病名を有する1,662,158名および356,662名を対象とした。
歯周炎病名の歯式から現在歯数、欠損歯病名の歯式から欠損歯数を算出して3群に分け、誤嚥性肺炎による医科受診の有無との関連を検討した。
その結果、誤嚥性肺炎の割合は、現在歯数が20~32、10~19および1~9の者でそれぞれ0.08%、0.14%および0.25%であった。
また、欠損歯数が1~14、15~27および28~32の者ではそれぞれ0.09%、0.18%および0.43%であった。
さらに、誤嚥性肺炎の有無を目的変数として、性と年齢を調整したロジスティック回帰分析を行った結果、現在歯数が20~32の者を基準として10~19および1~9の者のオッズ比はそれぞれ1.20および1.53で有意に高かった(図1)。
また、欠損歯数が1~14を基準として、15~27および28~32の者のオッズ比はそれぞれ1.67および3.14と有意に高かった(図2)。
特に注目すべきは、歯周炎病名からの現在歯数による分析結果(図1)よりも欠損歯病名からの欠損歯数での分析結果(図2)の方が、カテゴリ間の比較におけるオッズ比が大きかったことである。
これは、歯周炎病名の対象者では無歯顎の者が含まれておらず、比較的現在歯数の多い者が対象となっていること、欠損歯病名の対象者には無歯顎者が含まれ、欠損歯の多い者が多かったことが関係していると思われる。
これらの結果から、歯科や医科の医療機関を受診する者を対象としたリアルワールドにおいては、歯数の少ない者ほど誤嚥性肺炎のリスクが高いことが明らかになった。
そのメカニズムについては今後の研究に期待したい。
いずれにしても、歯科保健医療は歯の喪失を防止することによって、誤嚥性肺炎予防にも貢献できるかもしれない。
神奈川歯科大学大学院歯学研究科
口腔科学講座(社会歯科学分野)教授
山本 龍生