2018年08月03日
日本人の6.5~7.5%は、一生のうちにうつ病になるといわれている。
抑うつは、自殺をはじめ、心疾患や要介護状態のリスクでもあり、国内外において社会的に大きな問題となっている。
一般に、抑うつ状態の者は健常者に比較して、う蝕や歯周病の有病者が多かったり、現在歯数が少なかったり、口腔乾燥を訴える者が多かったりなど、歯や口腔の健康状態が不良である。
しかし、多くの調査・研究は、一時点で得られたデータで検討した横断研究であった。
そのため、歯や口の健康状態が原因で抑うつになったのか、それとも抑うつ状態となったために歯や口の健康状態が悪化したのかといった、因果の方向は不明であった。
そこでわれわれは、高齢者の大規模追跡データを用いて、歯や口の悩みごとの有無や歯数とその後の抑うつ状態との関係を検討した。
日本老年学的評価研究(Japan Gerontological Evaluation Study、JAGES)プロジェクトの2010年から2013年の追跡データを用いた。
対象者は、全国の19自治体に在住する、日常生活自立度が全自立で、要介護認定を受けていない65歳以上の14,279名とした。
目的変数を2013年に抑うつ状態となったか否かとし、説明変数を2010年における歯や口の悩みごとおよび歯数とした。
悩みごとの項目には、介護保険制度の基本チェックリストにある「半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか」などとした。
分析に際しては、2010年に抑うつ状態ではなかった者のデータを用いて、性、年齢、教育歴、所得、婚姻状態、治療中の疾患の有無、運動習慣、外出頻度、歯科治療歴、そして追跡開始時点の抑うつスコアの影響を考慮し、ロジスティック回帰分析を用いてオッズ比とその95%信頼区間を算出した。
全体で11.4%が新たに抑うつ状態となった。
「半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか」に「いいえ」と回答した5,858名の中の10.1%、「はい」と回答した1、437名の中の16.2%が、それぞれ抑うつ状態となった(図1)。
歯数では、20歯以上(3,067名)では9.1%、10~19歯(2,046名)では12.2%、1~9歯(1,647名)では13.5%、無歯顎(775名)では14.2%が抑うつ状態となった(図1)。
性、年齢、教育歴、所得、婚姻状態、治療中の疾患の有無、運動習慣、外出頻度、歯科治療歴、追跡開始時点の抑うつスコアの影響を考慮したロジスティック回帰分析で明らかに高かったのは、「半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか」に「はい」の回答で1.24(95%信頼区間:1.04~1.47、「いいえ」の回答が基準)、そして無歯顎で1.28(95%信頼区間:1.03~1.60、20歯以上が基準)であった(図2)。
本研究結果から、固いものが食べにくくなったと自覚している者や無歯顎者は、その後に抑うつ状態となる危険度が高いことが示された。
高齢者にとって食べることは大きな楽しみであり、友人や知人との食事は社会参加という意味においても重要である。
固いものが食べにくくなることや、すべての歯を失うことは、食べる機能の低下だけでなく社会参加にも影響して、高齢者の心の健康を害しているのかもしれない。
厚生労働省の介護予防に関する検討会の資料などでは、社会参加が高齢者の介護予防に有効であることが示され、市町村を核とした、高齢者の社会参加を促す環境作りが進められている。
本研究によって、歯数や口腔機能を維持することの重要性が精神保健の観点からも明らかとなり、歯科口腔保健の維持向上が高齢者の社会参加を通じた介護予防にも寄与することが示唆された。
神奈川歯科大学大学院歯学研究科
口腔科学講座(社会歯科学分野)教授
山本 龍生