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歯の健康と健康長寿【1】歯の健康と認知症

2018年06月29日

 認知症は、「正常に達した知的機能が後天的な器質性障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態で、それが意識障害のないときにみられる」と定義されている。

認知症患者は、日本のみならず地球規模で急速に増加している。
日本では、2010年現在、認知症高齢者は約280万人(65歳以上人口の9.5%)、2025年には470万人(65歳以上人口の12.8%)と推計されている。
また、2040年には世界の約8,100万人が認知症に罹患すると推計されている。
しかし、認知症治療の専門医不足などから適切な医療の提供がなされておらず、認知症の予防や早期発見が重要な課題となっている。

我々は、愛知老年学的評価研究(Aichi Gerontological Evaluation Study、AGES)プロジェクトのデータを用いて、歯の健康と認知症発症との関係について分析を行った(Yamamotoら、Psychosomc Med、2012)。
調査開始時点で要介護認定を受けておらず日常生活動作が全自立の65歳以上の4,425名を対象として、歯の健康状態と生活習慣等に関する質問紙調査を行い、その後の認知症度2以上をともなう要介護認定を受ける(認知症発症)までの日数について、4年間追跡した。

歯の健康に関する各指標(表1)に対して、先行研究で認知症発症との関連がみられた年齢、Body Mass Index(BMI)、治療中の疾患の有無、飲酒習慣、一日平均歩行時間(運動習慣)、物忘れの自覚の有無、および所得の全ての変数を調整(それらの影響を統計学的に取り除くこと)し、Cox比例ハザードモデルで分析した。

調査期間中に認知症をともなう要介護認定を受けた者は220名(5.0%)であった。
20歯以上の者を基準として、歯がほとんどなく義歯未使用の者は1.85倍、なんでも噛める者を基準として、あまり噛めない者は1.25倍、かかりつけの歯科医院がある者を基準として、ない者は1.44倍、口腔衛生を心がけている者を基準として、心がけていない者で1.76倍、それぞれ認知症発症のリスクが高かった(表1)。

そのなかでも歯数と義歯、かかりつけ歯科医院の有無では明らか(統計学的に有意)な関係がみられた。

歯の健康から認知症発症までの予想経路を図1に示した。

歯がほとんどないにもかかわらず義歯を使用していない者は、ビタミン等を含む生野菜等を避けるために栄養素の摂取不足が起こること、あるいは咀嚼しなくなることより大脳の海馬や扁桃体といった認知機能をつかさどる領域への刺激が少なくなることで認知症の発症リスクが上昇している可能性がある。
また、歯を失う過程で、歯の喪失の最大の原因である歯周病による慢性炎症が認知症発症に関わる可能性もある。
近年、歯数と認知症発症および認知障害との関係については、系統的総説によって、歯数が19以下の者は20以上の者よりも認知症発症および認知障害のリスクが約2割高くなることが報告された。

なお、表1で歯がほとんどなくても義歯を使用する者のハザード比が1.09と義歯未使用者よりも約4割少ないことから、歯がほとんどなくても義歯を入れることで歯を失うことによる認知症発症リスクを約4割下げることができるかもしれない。

かかりつけの歯科医院の有無と認知症発症との関連については、歯科医院で治療や予防処置、保健指導を受けることで口腔が健康となり、その結果として認知症の発症リスクが抑えられているかもしれない。

これらのことから、歯の喪失原因であるう蝕と歯周病の予防、歯を喪失した場合の補綴治療が認知症の予防にも寄与する可能性が明らかになっている。

神奈川歯科大学大学院歯学研究科
口腔科学講座(社会歯科学分野)教授
山本龍生