2016年04月18日
みなさまこんにちは。
東京都杉並区にて歯内療法を専門に診療しております田中利典です。
このメルマガでは、「チェアサイドトークで活かす歯内療法」として、エンドって面白いな、自分もエンドに力をいれたい!
と思っていただけるような内容をお届けしています。
第2回は「細菌」の話です。
日曜日の朝に放送され、脈々と受け継げられているスーパー戦隊シリーズ。
季節の節目節目に何度も繰り返される、同じテーマの時代劇。
老いも若きも、今も昔も、勧善懲悪な物語というのは常に私たちの心をスッキリさせてくれます。
今回は、歯内療法の世界で勧善懲悪な物語があるのかを考えてみたいと思います。
たとえば、「この菌がいれば難治性症例だ」や「この菌がいるとフレアーアップする可能性が高い」などが臨床でわかれば、
治療計画や患者さんへの説明に活かすことができそうな気がします。
しかし実際のところ、以下のような局面でモヤモヤした思いで治療することがあるかと思います。
「排膿が止まらないが、いつまで貼薬すれば治るのか」
「急患で入ったフレアーアップの患者さん、前回の治療のどこに問題があったのだろうか」
理論だけでは治療はできませんし、腕や経験だけでは共通認識を持って治療を語ることはできません。
ここでは、悪いヤツらはどんな顔ぶれで、どこにいて、とりわけヤバい連中はどんなヤツなのか、
その上で臨床に生かせることがないかを考えてみましょう。
1)Perの根管内には、いったいどんな菌がいるのか?
(悪いヤツらはどんな顔ぶれなのか?)
こんな動物実験があります。
サルの歯を抜髄後に根管開放として、1週間後に根管を封鎖します。
その1週間後、3か月後、半年後、3年後で、根管内の細菌の種類を観察しました。
1週間後では、通性嫌気性菌(酸素があってもなくても生息できる菌)と偏性嫌気性菌(大気レベルの酸素に暴露すると死滅する菌)が半々の割合でした。
一方で、3か月後以降のサンプルからは偏性嫌気性菌の割合が高くなり、3年後では98%を占めるほどに上昇していました。
この偏性嫌気性菌が根管内で大多数を占めるようになるのは、低酸素分圧や低酸化還元電位に適しているからなのですが、
要するに閉鎖された空間で生き延びるものへと、根管内微生物の顔ぶれが変わってきたと言えるでしょう。
では再根管治療の症例ではどうかというと、
また顔ぶれは大きく異なり、通性嫌気性菌で腸内細菌であるE. faecalisが分離されるとよく報告されています。
このE. faecalisは乳酸菌の一種で、健康補助食品に添加されたり、チーズにも含まれています。
また、難治性根尖性歯周炎の根管から真菌であるカンジダが検出されることもあります。
以上を整理すると、単純にPerと言っても、歯髄壊死した時期や、難治性・再根管治療症例で根管内微生物の顔ぶれは異なり、
相手にする敵の種類はかなり多い、と言えるでしょう。
そして、臨床上難しいのは、治療前に細菌叢の様子を知ることはできず、また現在の技術で培養不可能な細菌がどの程度あるのか不明ということです。
また、細菌叢の様子が治療そのものにどれだけ影響するか、という点もあります。
たとえば食中毒の疑いがある場合、下痢、嘔吐、腹痛などの臨床症状から医師は判断し、脱水症状の様子を見て必要ならば点滴治療を行います。
細菌性が疑われる場合、検査方法として検便がありますが、結果に数日かかるうえ、それをもってして治療が変わるわけではありません。
歯内療法でも、細菌の同定で根管内の様子をうかがい知ることができますが、治療自体が変わるわけではない、というところでしょうか。
2)菌はどこに潜んでいるのか?
(連中はどこに潜んでいるのか?)
さて、これら根管内微生物は一体どこに潜んでいるのでしょうか。
根管は単純な筒状でなく、分岐や合流、イスマスやフィンが存在しています。
そんなところに取りきれていない壊死組織が残っていれば、微生物にとって格好の棲家に。
また、微生物は壊死組織内だけでなく、根管壁や象牙細管、根尖孔外のセメント質などに付着し、バイオフィルムを形成します。
バイオフィルムといえば歯面に付着して歯周炎を引き起こすプラークがよい例。
これが根管内にできるとなると、このバイオフィルムを完全に取り除くのはかなり大変です。
ご存知のとおり、バイオフィルムは複数種の微生物からなっており、お互いに共生と拮抗をして生息している手ごわい相手。
たとえば綿栓にちょっとだけ付けた貼薬剤で、根管内がキレイになるでしょうか。
仮にバイオフィルム表面には効いても、貼薬剤の効果はバイオフィルム深部までは到達せず、時間が経てばまた細菌の増殖を許してしまいます。
ここに、貼薬剤のみで根管内無菌化を試みる難しさがあります。
このあたりのお話は、キッチン・水周り掃除の経験がある女性歯科医師・歯科衛生士の方が実感をもってご理解いただけるように思います。
貼薬剤の薬効など、もろもろのスペックについつい魅了され信頼してしまうのは男の哀しいサガでしょうか。
機械的清掃でもあり洗浄効率も高める根管形成と、有機質・無機質を溶解する根管洗浄、そして根管貼薬。
基本に忠実に行って、やっとできる限りの無菌化が達成できる、というのが根管治療と言えるでしょう。
3)急性症状に影響する菌はいるのか?
(とくに腹黒いヤツはだれか?)
いきなり話の腰を折るようですが、特定の細菌と臨床症状について、関係を裏付ける明確な結論は出ていません。
そんななかで、よく報告されるのは、血液寒天培地上に黒色のコロニーを形成する菌である、Porphyromonas属やPrevotella属の存在。
黒色色素産生性細菌(Black-pigmented bacteroides)とも分類されていた細菌です。
これらは辺縁性歯周炎の発症や進行にも関与していますが、根尖性歯周炎にとっても厄介な相手。
とくに急性症状の有する症例ではPorphyromonas属が根管内から検出されたという報告があります。
その他、疼痛の出現、歯肉の腫脹、根管内の滲出液、といった項目で、他の細菌も検出されるのですが、
黒色色素産生性細菌が同時に検出された場合はより高い関連性が示されています。
この黒色色素産生性細菌は、分類でいうと、偏性嫌気性菌のグラム陰性桿菌ですが、
その他同じく偏性嫌気性菌のグラム陽性球菌(Peptostreptococcus属)やグラム陽性桿菌(Eubacterium属)も要注意な細菌です。
臨床現場で考えると、これらの菌が根尖孔外に押し出されると、急性症状(フレアーアップ)を引き起こす可能性が高くなるのでは、とのこと。
急性化させないためには、あまり不用意に根尖孔外へのインスツルメンテーションは控えたいところです。
さて、根管内微生物叢について3つの要素を考えてみましたが、やっぱりモヤモヤした気持ちが残ってしまいます。
そもそも、根尖孔外の感染など、臨床上どこに細菌感染が存在しているかを把握しながら根管治療することはできません。
つまりわかりやすい勧善懲悪な物語や最終兵器(たとえば必殺技や印籠)は現在わかっている限りの歯内療法では存在しない、というわけです。
歯内療法を行うにあたり、基本に忠実に、生物学的にムリをしないことを念頭に、根管形成・根管洗浄・根管貼薬を行っていきましょう。
<参考文献>
Fabricius L et al. Influence of combinations of oral bacteria on periapical tissues of monkeys. Scand. J. Dent. Res. 1982; 90:200-6
東京都杉並区・川勝歯科医院
田中 利典
⇒ http://www.kawakatsu-dental.com/cn22/index.html