2015年11月16日
(1) 自然な倫理観を持ってスタッフに接する
今回、折に触れて「正論だからといって相手に受け入れられるわけではない」ということを述べてきました。
その理由は、正論は人によって異なるからです。
家庭環境、受けてきた教育、体験してきたこと、社会的なポジションや立場などによって、何が正しいことなのかは違ってくるのです。
でも、そういったものを超え、通常の社会生活を営める人であれば、誰が聞いても正しいと思えるものがあります。
たとえば
「犯罪は悪いこと」
「人には親切にするべき」
「正直であるべき」
「何事にも一生懸命に取り組むべき」
「裏切りは良くないこと」
「目標を持って努力をするべき」
といったもので、人間が持っている自然な倫理観にそったものです。
自然な倫理観とは、特別に教育を受けることで身につく道徳意識と異なり、集団の中で生活していくことで自然に身についていくもので、
もっとも根源的な「こうあるべき」という価値観です。
自然な倫理観にそった言動や行動は、多くの人に受け入れられ、共感を呼ぶものになります。
ですから、経営者やリーダーは、常に自然な倫理観にそった生き方をするべきだともいえます。
しかし、そういった自然な倫理観に沿った内容を伝えても、相手に受け入れられないときがあります。
たとえば「間違えたときは、素直に謝るべき」というのは、誰もが持っている自然な倫理観で、それを否定する人はいません。
ところが、本人のためだと思い、間違いを指摘したのに、反発を食らったという経験は、誰しも持っているのではないでしょうか。
(2) コミュニケーションのカギは「内容」ではなく、「感情」にある
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
それは、コミュニケーションが成立するカギが、実は「いっている内容」ではなく、「感情」にあるからです。
人間の脳は、まず感情で情報を下処理した後、論理的に考えるというプロセスで思考するようにできています。
詳しい説明は割愛しますが、進化の過程で、できるだけ早く情報を処理するために、このようなプロセスで思考をするようになったのです。
こうした思考プロセスを持っているため、コミュニケーター(情報の発信者)に対してマイナスの感情を持っていると、
その人のいうことが正しくても受け入れることができなくなります。
たとえば、
Aさんにいわれたら素直に受け入れられるけれど、
Bさんにいわれたときは反発してしまう、
といったことが起こるのはこのためです。
ですから、経営者やリーダーは、常に部下に「この人のいうことなら聞こう」と思われる関係を築いておくべきです。
もし「うちのスタッフは、ぜんぜんいうことを聞かない」といったことに悩んでいるとするなら、
もしかしたら、その原因は、スタッフが悪いのではなく、これまでの関係づくりにあるかもしれません。
その場合、どんなにコミュニケーションのテクニックを学んでも、正しいコミュニケーションを取ることはできません。
そもそも感情のブロックが働いているので、どんなにテクニックを駆使しても受け入れられることはないのです。
たとえば「お金を払っているのだから、いうことを聞いて当たり前」といった価値観を持っている方に、
そういう関係を築いてしまっている人が多いように感じます。
ちなみに「お金を払っているのだから、いうことを聞いて当たり前」というのは、
経営者の正論であって、雇用者の正論ではありません。
雇用者の多くは「働いているのだから、お金をもらって当たり前」だと思っているのです。
正論を押しつけあっても、両者の溝が埋まることは永遠にありません。
それどころか、亀裂は深まっていくばかりです。
そうしたことに心当たりがあるようなら、方向転換をするべきです。
だって、経営者にとって本当に大切なのは、自分の正論を通すことではなく、強い組織をつくることだからです。
経営者は常に本質を見失ってはいけないのです。
(3) うまくいかない関係を改善するスタートは謝罪から
ここまでの話に心当たりがあるようなら、これまでの関係を変えるための取り組みをしてみてはどうでしょうか。
方法は簡単で、スタッフを集めて謝罪をすればいいのです。
“スタッフに謝罪するなんて……”
と思われるかもしれませんが、優れた経営者やリーダーは、自分に非があることがわかったとき潔く謝る人が多いのです。
謝罪は、相手を尊重する行為であり、
また「間違えたときは素直に謝る」というのは自然な倫理観にそった行動なので、受け入れられ、好感度が上がります。
それをきっかけにして、今後、良い関係を築いていけばいいのです。
また、コミュニケーターに対してマイナスの感情を持っていなくても、それ以外のことにストレスを感じていると、
マイナスの感情が邪魔をして受け入れられなくなることもあります。
たとえば、私生活で悩みがあったり、体の不調などがあると、相手のいっていることが受け入れられないということが起こります。
“私生活のことや体調のことを仕事に持ち込むなんて……”
と思うかもしれませんが、そんなにきっちりと割り切ることができないのが人間なのです。
ですから、うまく伝わっていないと感じたときは、相手の状態を聞くこと。
そうやって話を聞いてあげるだけで、感情のブロックが外れることが多いのです。
それに、相手のいっていることが、自分でも正しいことだと思っていても、
その言い方や態度など、いわゆる「非言語」の部分にストレスを感じると、受け入れることができなくなります。
非言語とは、声のトーンや口調、態度や姿勢など、言語以外の要素です。
たとえば、同じ「ありがとう」という言葉でも、頭を下げていうのと、腕を組んでいうのでは、
相手の受ける心象はまったく違うものになります。
多くの人は、「自分はこんなふうに伝えた」といった言葉を論点にするのですが、
非言語のほうが相手の心象に残ることは多くあります。
そして、この非言語の部分が相手にストレスを与え、マイナスの感情を起こすことがあるのです。
このように、人間は感情で情報を下処理するので、どんなに正しいことをいったとしても、
感情を考慮していないと、正しくコミュニケーションを取ることはできません。
もちろん、相手の感情を考慮するというのと、相手に気を使って下手に出るというのはまったく異なることですので、誤解がないようにお願いします。
そうではなく、スタッフを尊重すべき大切な一人の人間としてとらえることで、
その人の持つ感情というものも尊重し、正しいコミュニケーションが取れるようになります。
医療法人社団いのうえ歯科医院 理事長
歯学博士・経営学博士
井上 裕之
⇒ http://www.inoue-dental.jp/