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医院に活気を生むスタッフとの上手なコミュニケーション【2】コミュニケーションギャップを解消する

2015年10月19日

(1) 相手を自分と同じだと考えるからギャップが生まれる

「きちんと伝えたはずなのに伝わっていない」
「そんな意味でいったのではないのに……」
「自分に都合がいいことしか覚えていない」
「何度いっても、理解しない(変化しない)」
「常識がない(正論なのに受け入れられない)」

これらは、スタッフとのコミュニケーションに関する相談の中で、よく耳にする声です。

このような状態になってしまうのは、コミュニーケーター(発信者)と受け手の間にコミュニケーションギャップがあるために、
情報が正しく伝わっていないのです。

コミュニケーションギャップが起こる原因はいくつか考えられますが、
その中でもっとも多いのは、「相手を自分と同じだと考えている」こと。

当たり前のことですが、持って生まれた性格も、育ってきた環境も、受けてきた教育も、これまで経験をしてきたことも、
立場や背負っている責任も、人によって異なります。

そのため、個々人が持つ知識も、常識も、価値観も、とらえ方も、考え方も、まったく違うのです。

(2) 正論も常識も現実も人によって異なる

ところが、コミュニケーションにおいて、ほとんどの人は
「いっていることが正しいかどうか」が重要だと信じています。

ですから、正しいことや、筋が通っているものは相手に伝わり、
受け入れられるはずだと思っています。

それが相手に受け入れなかったとき、
受け手を批判したり、相手が間違えていると決めつけたりするのです。

しかし、知識や常識、価値観が違うということは、
「正論」は人によって異なるということです。

院長にとっては、常識的で筋が通った話でも、
スタッフにとっては非常識で、筋が通ってない理不尽な話に
なることさえあります。

たとえば、プロであれば、時間を通して、
その分野におけるスキルアップをしていくというのは正論です。

でも、練習環境を整えているのに、仕事が終わった後、
歯科衛生士が誰も残って練習をしようとしないといった医院はよくあります。

こうなると、ほとんどの歯科医院の院長は
「うちのスタッフには向上心がない」
「仕事に対するモチベーションが低い」
といった評価をしてしまいます。

でも、決められた就労時間は、きちんと仕事をしているのだから問題はない、
オンとオフをきちんと使い分けられない人間は、社会人としてダメだ、
というのも正論なのです。

このような場合、いくら院長が正論をいったとしても、相手に受け入れられることはないのです。

また、とらえ方や考え方が違えば、現実だって、人によって異なるものになってしまいます。

ある人にとっては、叱られることは「自分に伸び白がある」という現実ですが、
別の人にとっては「嫌われている」という現実になります。

患者様に理不尽なクレームをいわれたということが、
ある人にとっては「プロとしての対応を学ぶチャンス」という現実なのが、
別の人にとっては「嫌な人との出会い」という現実になることだってあります。

このように現実でさえ、人によって異なるのですから、相手も自分と同じだと考えていれば、
コミュニケーションギャップが起こって当然なのです。

(3) 受け手の受け入れ範囲は狭いことを前提にする

ピーター・F・ドラッカーは『プロフェッショナルの条件』という本の中で、コミュニケーションの第一の原理として、
「コミュニケーションを成立させるものは、受け手である。コミュニケーションの内容を発する者、すなわちコミュニケーターではない。彼は発するだけである。聞くものがいなければ、コミュニケーションは成立しない。意味のない音波があるだけである。」
と述べています。

発信者(コミュニケーター)は、常にこの現実を忘れてはいけないと思います。

コミュニケーションで発した情報を受け入れるか入れないかは、
受け手に委ねられているという現実をです。

このことがわかれば「いっていることが正論だから受け入れられる」などと
思い込むことはなくなるのです。

そしてもうひとつ、ドラッカーは、コミュニケーションの原則として
次のようなことをいっています。

「現存する最古の修辞論、プラトンの『バイドン』によれは、ソクラテスは、大工と話をするときは、大工の言葉を使わなければいけないと説いた。コミュニケーションは受け手の言葉を使わなければ成立しない。受け手の経験にある言葉を使わなければならない。説明しても通じない。経験にない言葉で話しても理解されない。受け手の知覚能力の範囲内か、受け手は受け止められるかを考えなければいけない。」

「我々は、知覚していることを期待しているものだけを知覚する。見るものを期待しているものを見、聞くことを期待しているものだけを聞く。(中略)本当に重要なことは、期待していないものは受けつけられないことにある。見えもしなければ聞こえもしない。無視される。あるいは、間違って見られ、間違って聞かれる。(中略)人の心は、期待していないものを知覚することに対し、また期待するものを知覚することに対し抵抗する。」

つまり、「相手の知っている言葉」を使い、
「相手が期待していること」を話さなければ、
受け手に受け入れられないということ。

コミュニケーションの成立を決定するのは受け手ですから、
この部分を無視していると、どんなに正しいことを話しても、相手に伝えることも、理解してもらうことも、共感してもらうこともできない、
となるのです。

ドラッカーは、受け手の「受け入れ範囲」は狭く、コミュニケーションを成立させるためには、それを知った上で、
情報を伝達するべきだといっています。

もちろん、これはスタッフにも当てはまります。

ですから、スタッフと話をするときは、
そもそもすべてが異なるという部分を前提に、スタッフの求めていることを知り、
理解できる言葉で伝えることが不可欠なのです。

たとえば
「プロとしてスキルアップするために、勉強会に行ったほうがいいよ。」
というのは正論ですが、それをそのまま伝えるよりも、
「今度、院内で独自の資格制度をつくることになった。ボーナスを増やしたいなら、この勉強会に行って勉強しておいたほうがいいよ。」
というほうが、収入が増えるという「相手が期待していること」が
含まれているので、スタッフは、その提案を受け入れやすくなるのです。

大切な部分なので繰り返しますが、
コミュニケーションはまったく異なる両者の間で行われます。

そして、相手の受け入れ範囲は狭い――このことを忘れずに、正論や、自分の希望をそのまま伝えるのではなく、一度、頭の中で考えて、
それを相手の期待していることに加工し直し、理解できる言葉で伝えるようにすることで、コミュニケーションギャップは少なくなります。

医療法人社団いのうえ歯科医院 理事長
歯学博士・経営学博士
井上 裕之
⇒ http:/www.inoue-dental.jp/