2018年02月19日
寒い日が続いています。
こんな夜には温泉の暖かいお湯に浸かって、身体の芯まで温まりたいと思ってしまいます。
のぼせることはあっても、お湯が皮膚から体内に入ることはありませんから、長湯をしても安心です。
なぜ、お風呂のお湯が身体の中にしみ込んでこないのでしょう?
同じように、歯磨きの時、
口に含んだ水をブクブクやっているうちに水を吸収して頬の粘膜が腫れちゃった、なんて話は聞いたことがありません。
理由は、皮膚や口腔粘膜には
「生理学的透過性関門」という一種のバリアがあるからです。
このバリアの担い手がmembrane coating granule (MCG)と呼ばれる小さな顆粒で、有棘細胞の中で作られ、
顆粒層と角質層の間の細胞間隙に放出されてバリア機能を発揮すると考えられています。
よく考えてみると、このようなバリア機能、
つまり外部環境(体外)と内部環境(血管結合組織)の間の障壁は、
皮膚や口腔粘膜だけに存在するわけではありません。
食べ物や飲み物の通路を考えてみてください。
身体に入った食物は、
口腔、咽頭、食道、胃、十二指腸、小腸(空腸、回腸)、結腸、直腸、肛門を経て体外に排泄されます。
消化器の管の内面にはすべて上皮が存在しており、
内部環境と外部環境を隔てています。
消化器だけはありません。
空気の通り道(呼吸器)でも、
鼻腔、気管、気管支、肺胞の気道の内腔は上皮によって被覆されています。
泌尿器も胆道もそうです。
言い換えると、生体の内部環境と外部環境の間には必ず上皮組織が存在して、
外部からの異物の侵入をブロックしています。
皮膚や口腔粘膜でのバリアの担い手はMCGですが、
消化管や泌尿器ではタイト結合が内部環境を維持する重要な役割を果たします。
もし消化管潰瘍などによって上皮が破壊されると、
命にかかわる一大事になりかねないことはご存じのとおりです。
血管結合組織という体内の内部環境は上皮によってしっかり守られているのですが、
唯一歯肉の部分が上皮の被覆として十分とはいえない構造となっています。
歯槽という内部環境と口腔という外部環境を貫いて歯が植立されているからです。
このために、健常な歯肉においてさえ、その構造は非常に脆弱です。
つまり、歯肉口腔上皮では「角化」と「MCGによる生理学的透過性関門」としてバリア機能が備わっていますが、
歯肉溝上皮および付着上皮(接合上皮)には角化による防御も透過性関門による防御機構もありません。
代わりの防御機能として、
付着上皮には「接着」によって歯の周りを密封するメカニズムがあります。
このため、歯肉付着上皮はラミニン、インテグリンという接着タンパクを自ら産生して、
上皮細胞をエナメル質(またはセメント質)にくっつけてシールするのです。
もう1つの防御は、早いターンオーバーです。
付着上皮は歯肉口腔上皮の50倍以上も速いスピードで細胞が交代しています。
この細胞のターンオーバーによって、
ダメージを受けた細胞に代わって元気な細胞が機能を発揮するので、
歯肉の健康が維持されているのです。
プラークコントロールが不十分で、歯肉がプラークの攻撃を受けると、
歯肉付着上皮の細胞間結合装置である接着斑(デスモゾーム)が破壊され、
細胞間に断裂が生じます。
これが歯周ポケット形成の始まりですが、
付着上皮は必死に根尖側へ増殖(ダウングロース)して、
プラークの内部環境(血管結合組織)への侵入を阻止します。
ダウングロースした付着上皮の先端はしっかりセメント質と接着しています。
この接着が維持できなくなると、歯周ポケットは徐々に大きくなっていき、
プローブが入るスペースができるようになります。
同時に歯肉結合組織では「炎症」が起こりますが、
次回に詳しく説明したいと思います。
図:内部環境と外部環境(下野正基.やさしい治癒の仕組みとはたらき.東京:医歯薬出版,2013).
東京歯科大学名誉教授
下野 正基
⇒ http://www.quint-j.co.jp/shigakusyocom/html/products/detail.php?product_id=3520