2018年02月05日
北欧4か国は、合わせても人口約2,600万人の小さな国々ですが、その歯科医学・医療は日本に多大な影響を与えてきました。
著名な教授として、Lindhe、Loe、Branemark、Waerhaug先生などがおられますが、
今回はスウェーデンの口腔病理学者、Hammarstrom教授の思い出と業績を紹介したいと思います。
私が彼に最初に会ったのは35年前のことでした。
大学の命により、3か月間、欧米6か国18大学の教育と研究を視察することになったのです。
ところが出発の前日に、
あの忌まわしい大韓航空機撃墜事件(ボーイング747が領空侵犯によってソ連の戦闘機に撃墜され269人が犠牲となった)が起こりました。
私が搭乗したのはモスクワ経由のJAL便でしたが、
「われわれの飛行機も撃墜されるのではないか」という不安感と緊張感は今でも鮮明に記憶しています。
東京歯科大学と姉妹校締結をしていたことから、
はじめにカロリンスカ大学歯学部を訪問しました。
Hammarstrom教授は、長身、金髪、イケメン、流暢で聞きやすい英語を話す先生という印象でした。
専門は、エナメル質形成および歯周組織の形成・病理ということでした。
彼が指導した矯正医の学位論文(矯正学的歯牙移動時の組織変化)の公開審査会も強く印象に残っています。
主査は指導教授ではなく、
この分野では有名なノルウェーのRygh教授であったことにも驚きました。
大学院生は約2時間、主査やさまざまな先生方からの質問に答えなければなりません。
このように厳しく公平な審査をすることによって、
北欧の歯科医学レベルが高く維持されているのだと感じました。
Hammarstrom教授との2度目の出会いはさらに3年後でした。
オランダハーグでのIADR(国際歯科研究学会)終了後のアムステルダム空港で、
ビールを飲みながらの近況報告をしました。
「今、どんな研究をしてるの?」
と聞くと、
「Shimono、歯根膜の保存には牛乳がいいんだぞ」
と歯の移植・再植の基礎研究のことを話してくれました。
帰国してすぐに図書館へ行き、彼らの論文を何編か探すことができました。
一番よくまとめられているのが(文献1)です。
興味のある人はぜひ一度読んでみてください。
彼らの研究を要約すると、
「外傷歯の再植や意図的な自家移植を成功させるための秘訣は、[1]歯根膜を乾燥させない(15~20分を超えて乾燥させてはいけない)、[2]歯根膜を一時的に保存するには牛乳が推奨できる、[3]なぜ牛乳が良いか、その理由は浸透圧が235~270mOsmでpHが弱酸性であること、[4]移植・再植で重要なのは歯に付着した歯根膜で、抜歯窩に残った歯根膜は重要ではない」
などです。
牛乳はどこの家庭の冷蔵庫にも入っているし、
いざというときにすぐに使えるという利点があります。
今では全国の学校の保健室に牛乳が常備されるようになっていますが、
Hammarstrom教授のお陰であることはもちろん、牛乳は安価で簡単に入手できるのがその理由でしょう。
牛乳に代わる歯根膜保存液として「ティースキーパーネオ」(ネオ製薬)が知られておりますし、
卵の白身(卵白)も推奨されています。
ちなみに、「移植・再植において重要なのは歯に付着した歯根膜である」ことを証明したのは私の講座の村松敬君(現・東京歯科大学歯科保存学教授)で、
「Rosaマウス」を用いて実証してくれました。
Rosaマウスとは、細胞が青く染まるように遺伝子操作した特殊な動物です。
具体的には、Rosaマウスの歯を抜去して、
ヌードマウス(免疫不全マウス)の抜歯窩に移植しました。
その結果、新生歯槽骨の表面に存在する骨芽細胞は青く染まっていました。
これはRosaマウスの歯に付着した歯根膜細胞がヌードマウスの抜歯窩で歯槽骨を形成したことを意味します(文献2)。
3度目は20年前に彼がエムドゲインの販売促進のため来日したときでした。
Hammarstrom教授らのグループがエムドゲインを開発し、
私たちの大学でのセミナーでも解説してくれました。(文献3)
エムドゲインが、実際歯周組織再生のどこに効いているのかなどは今なお不明ですが、
歯周組織の再生・治癒に大いに貢献していることは間違いなく喜ばしい限りです。
Hammarstrom教授の長年にわたる地道な研究の継続が、
牛乳の応用やエムドゲイン開発につながったものと敬意を表するするとともに、
彼の歯科界への貢献に対し、心より感謝したい気持ちです。
文献1.Hammarstrom L, Pierce A, Blomlof L, Feiglin B, Lindskog S. Tooth avulsion and replantation- A review. Endond Dent Traumatol 1986;2:1-8.
文献2. 村松敬.歯牙移動により獲得された歯槽骨の病理組織学的検討.In:林治幸、村松敬. 歯牙移動による歯周組織再生療法. 東京:砂書房,2009;47-60.
文献3.Hammarstrom L. Enamel matrix, cementum development and regeneration. J Clin Periodontol 1997;24:658-668.
東京歯科大学名誉教授
下野 正基
⇒ http://www.quint-j.co.jp/shigakusyocom/html/products/detail.php?product_id=3520