2018年03月19日
かつては、象牙質は硬組織、歯髄は軟組織であるため、
口腔組織学の教科書では両者は別々に扱われてきました。
しかし、象牙質と歯髄は、発生学的にも、組織学的にも、機能的にも、臨床的にも、
密接に関連しているので、同一組織とみなすべきであるという
「象牙質・歯髄複合体」の新しい概念が国際的にも認知されてきました[文献1]。
その結果、歯髄の病態を「象牙質・歯髄複合体」から考えるようになり、
「歯髄を保存する」ことが大変重要であるという意識が広く浸透してきています。
それは、抜髄処置によって、
歯髄の防御機能がなくなる、
歯痛という警告信号を失う、
抜髄失敗のリスクを負う(いつも100%成功するわけではないので)、
歯冠側からの漏洩(コロナルリーケージ)の危険が増す、
垂直性歯根破折のリスクが高まる、
審美性に不都合が生じると指摘されているからです[文献2]。
一方、難治性根尖病変の原因として、
根管の複雑な解剖学的形態、
治療薬に抵抗性を有する細菌、
治療上の技術的な問題、および全身疾患の進行にともなう宿主因子の変化、
などが挙げられています[文献3]。
実際、根管の複雑な吻合分枝を示す歯の透明標本を見ただけで、
「根管治療は無理、根管充填は不可能!」と思ってしまいます。
日常臨床で、なかなか治らない根管治療に多大な時間とエネルギーを費やして奮闘されている先生方には心からの敬意を表します。
そのような症例に対して、
ようやく根管充填に漕ぎ着けたとしても安心はできません。
「根管治療した歯の約71%が垂直性歯根破折を起こす」
という衝撃的なデータも示されているからです[文献4]。
「歯根破折を引き起こさず、もっと効率が良く、しかも確実な歯内療法はないのか?」
と考える先生は多いと思います。
今、「画期的な歯内療法となる可能性がある」と国際的にも大いに期待されているのが
“リバスクラリゼーション(revascularization)”です。
リバスクラリゼーションは、
血管再生という意味で、歯髄が壊死した歯根未完成歯に対して、
抗菌剤による滅菌と意図的出血によって硬組織を形成させ、
歯根の長さと厚みを増して成長させる新しい治療法です。
岩谷眞一先生(宮城県開業)が2001年に世界で初めて報告した方法で、
根未完成歯に対する根管処置の優れた方法として国際的に認められています[文献5、6]。
根未完成歯に対するリバスクラリゼーション治療のポイントを要約すると、
1回目の治療としては、
1)インフォームドコンセント
2)ラバーダム装着
3)処置根管長の決定
4)根管内洗浄(NaOClおよび生理的食塩水)
5)根管内乾燥
6)貼薬(水酸化カルシウムまたは3-Mixなどの抗菌剤)
7)封鎖(修復材で厳重な歯冠側封鎖)
となります。
つづいて、2回目(最終回)の治療(通常2~4週後)として、
1)炎症症状の消退を確認(もし炎症症状が存在する場合は1回目の治療を反復)
2)局所麻酔(メピバカイン、エピネフリン添加麻酔薬は禁忌)の後、ラバーダム装着
3)根管内の貼薬除去、EDTA洗浄
4)根管内乾燥
5)意図的出血(根尖孔から2mmの位置までK-ファイルを挿入・回転させ出血)
6)血餅の上にMTAを置く
7)グラスアイオノマー、コンポジットレジンで完全密封
8)術後、3か月から4年までのフォローアップが必要
となりますが、術式は非常にシンプルです[文献7]。
リバスクラリゼーションによって、
根管内は硬組織によって埋められ、歯根長も伸びますが、
興味深いことに、形成された硬組織の大半はセメント質です。
骨も形成されますが、象牙質の形成はありません[文献8]。
この方法を、根未完成歯だけではなく、
歯髄壊死をともなった歯根完成永久歯にも応用しようと国内外で学術的な挑戦がなされています(再生歯内療法)[文献7]。
もし、リバスクラリゼーション(根管は機械的拡大を行わないで滅菌・消毒薬で洗浄し、意図的に出血させること)によって歯根完成永久歯の感染根管を
患者自らが作った硬組織で填塞するという治療ができるなら、それは革新的な夢の方法となるに違いない、と期待されています。
リバスクラリゼーションを歯根完成永久歯に応用するためには、
解決しなければならない課題があります。
根尖の形態、血液・細胞の供給、年齢、再生・免疫力、感染制御、
それぞれが根未完成歯と歯根完成永久歯では違いがあります。
これらの課題をいかにして克服するかも含めて
「画期的な歯内療法の開発」
という大きな夢を追うことができる歯科医師と研究者に羨望を込めてエールを送りたいと思います。
参考文献
1. Shimono M et al(Eds). Dentin/Pulp Complex.Tokyo: Quintessence Publishing、 1996.
2. 須田英明. 歯髄喪失の悲劇. 須田英明ら(編著). In:失敗しない歯髄保存療法. 東京:クインテッセンス出版、 2006.
3. 佐々木元. 根尖病変の免疫病理. 歯界展望 2015;125:33-54.
4. Gher ME et al. Clinical survey of fractured teeth. JADA 1987;114:174-177.
5. Iwaya S、 Ikawa M、 Kubota M. Revascularization of an immature permanent tooth with apical periodontitis and sinus tract. Dent Traumatol 2001;17:185-187.
6. 岩谷眞一. リバスクラリゼーションを再考する. the Quintessence 2016;35(3):572-589.
7. Diogenes A、 Simon S、 Law AS. Regenerative endodontics. In: Hargreaves KM、 Berman LH (eds). Cohen’s Pathways of the Pulp、 11th Ed. St Lois: Elsevier、 2016;447-473.
8. 下野正基. リバスクラリゼーションの病理学的考察. the Quintessence 2016;35(7): 1588-1605.
東京歯科大学名誉教授
下野 正基
⇒ http://www.quint-j.co.jp/shigakusyocom/html/products/detail.php?product_id=3520