2018年01月05日
皆さんは「病理」の話はお好きですか?
苦手意識がある読者の方は多いかもしれません。
そんな方のために、このコラムでは、「病理がわかれば明日の臨床はもっと楽しい」をテーマに、
病理についてもっと身近に感じていただき、もっと楽しく臨床を行ってもらうためのヒントをお伝えしていきたいと思います。
★世の中激辛ブーム
「行列ができる激辛ラーメン店」
「激辛グルメ祭」
「70倍激辛カレー」
などの文字がテレビでもwebでも躍っています。
世の中激辛ブームで、辛い食べ物が大好きな”トウガラシ マニア”が巷に溢れています。
★なぜ激辛にはまるのか?
激辛の元(辛いの)はトウガラシの成分「カプサイシン」です。
多くの人がなぜカプサイシンの虜になるのか?については「エンドルフィン説」が有力となっています。
「トウガラシを食べる→カプサイシンによって身体が傷つけられたと認識した脳が辛さを打ち消すためにエンドルフィン(脳内神経伝達物質:体内の鎮痛剤)を分泌する→快感・気分高揚→辛い味が忘れられなくてトウガラシをまた食べる→さらにエンドルフィンが放出される→激辛にはまるのは、過剰に放出されたエンドルフィンが快感につながるため」
と考えられています。
★トウガラシは南米原産
トウガラシは南米ブラジル・ボリビア国境原産のナス科の植物で、
トマトやジャガイモと同じ仲間です。
トウガラシは野生のサル、ネズミ、シカなどに食べられることを防ぐためにカプサイシンを産生するようになったと考えられています。
ほ乳類はカプサイシンの辛さを感じますが、鳥はカプサイシンの辛さ感じないので、
トウガラシを食べ、さらに遠くへ飛んで行って種を含む糞をまき散らしたので、
結果として鳥が南米アンデス山脈の麓から北米・中米のさまざまな地域にトウガラシを広げる助けをしたことになります。
★むし歯の治療に使われていたトウガラシ
メキシコでは約8000年前の狩猟採集の時代からトウガラシを食べていたといわれ、
古くから中南米を中心にさまざまな国で料理に使用されてきました。
根拠は不明ながら、トウガラシは何世紀もの間、
風邪やマラリアなど病気の治療にも使われてきました。
むし歯にトウガラシを処方して痛みを和らげたという報告が1850年の「ダブリン医学雑誌」に記載されています。
★カプサイシン受容体(カプサイシンレセプター)
トウガラシを摂取すると、カプサイシン受容体を刺激し、
実際には温度が上昇しないのに、辛味だけではなく、
痛みと激しい灼熱感を引き起こします。
さらにカプサイシン受容体は、痛みの原因となる45℃以上の熱、
15℃以下の冷刺激および強酸などの侵害的刺激を受けても反応します。
カプサイシン受容体は、バニロイド受容体ともいい、
近年はTRPチャンネル(TRPV1:transient receptor potential vanilloid 1)と呼ばれています。
★カプサイシン受容体は象牙芽細胞にも存在する
興味深いことに、このカプサイシン受容体は象牙芽細胞の細胞膜にも存在し、
歯の痛みと深くかかわっています。
歯の痛み(とくに知覚過敏の痛み)を説明する仮説のうち、
もっとも広く支持されているのが動水力学説です。
動水力学説は、象牙細管内の組織液の移動が知覚神経を興奮させて痛みが伝わるというものですが、
これでは電気的刺激や象牙細管内液に拡散するような化学溶液による痛みを説明できません。
これに対して、カプサイシン受容体が象牙芽細胞の細胞膜に存在すれば、
象牙細管内液の移動と関係なく、受容体が刺激をキャッチして知覚神経に伝達することができると考えられています。
つまり、歯の痛みに関する学説は、
動水力学説から知覚受容複合体説に変わろうとしているのです。
★ナトリウム・カルシウム交換体と反応性象牙質形成
刺激が象牙芽細胞に伝わる時に、
大量のカルシウムイオンも象牙芽細胞内に流入します。
細胞内に蓄積されたカルシウムイオンを外に排出できるのがナトリウム・カルシウム交換体であり、象牙芽細胞に備わっています。
カプサイシン受容体(TRP チャンネル)とナトリウム・カルシウム交換体の協働作業によって、
痛みを伝達すると同時に、反応性象牙質形成(修復)が起きています。
ということは、「トウガラシは歯を修復することができる」ともいえるのです。
図1 バニロイド受容体(カプサイシン受容体:TRPV1)とNa/Ca交換(文献3を改変)
参考文献
1.アマール・ナージ(著),林 真理、奥田祐子、山本紀夫(訳).トウガラシの文化誌.東京:晶文社、1997.
2.澁川義幸、田崎雅和.象牙質・歯髄複合体の痛みと神経原性炎症メカニズム.In:木ノ本喜史(編著).歯内療法成功への道 抜髄Initial Treatment.東京:ヒョーロン・パブリッシャーズ,2016;45-60.
3.下野正基.新編治癒の病理.東京:医歯薬出版,2011.
東京歯科大学名誉教授
下野正基
⇒ http://www.quint-j.co.jp/shigakusyocom/html/products/detail.php?product_id=3520