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【5】口腔領域の大切さ:脳科学的にイメージすれば理解しやすい! ~オムツ交換します?~

2016年12月05日

こんにちは。

米永一理(よねなが かずみち)です。

前回は、少しとっつきにくい「血液サラサラ系のお薬」に関してお話ししましたが、いかがだったでしょうか。

さて、今回もとくに教科書には書いてないけれど、患者さんや家族から「歯医者さんのお話ってわかりやい!」
と言われるような内容をまとめみようと思います。

今回は、脳科学的に考える「口腔領域の大切さ」に関してお話をします。

まず、なぜ脳に注目するか?

2000年から10か年計画で進められた「健康日本21(第一次)」の項目のなかで、
唯一の「歯の健康」の項目だけが目標を達成できたことは、歯科が誇るべきことであると感じています。

つまり、予防歯学の充実とともに、う蝕・歯周疾患が減少傾向にあります。

しかしながら、超高齢社会を迎え、今後自分自身で口腔ケアをできない方がますます増えてくることが予想されています。

そのときに、どのように歯科として口腔ケアの仕方を介護者や看護師に伝授し、
どのようなときに歯科医療者が介入したらよいかを明らかにする必要があります。

そのためには、歯科が介入しやすいシステム作りが重要となります。

その際に、「なぜ重要性であるか?」を“なるほど”と納得できる内容で、多面的にお話しできるとよりよいかと思います。

そこで今回、脳科学的に口腔を考えてみたいと思います。

みなさんは学生時代に解剖学で勉強した脳神経12本をすべて覚えているでしょうか。

順に、
(1)嗅神経
(2)視神経
(3)動眼神経
(4)滑車神経
(5)三叉神経
(6)外転神経
(7)顔面神経
(8)内耳神経
(9)舌咽神経
(10)迷走神経
(11)副神経
(12)舌下神経です。

「(急)(止)した(動)く(車)が(三)(転)し、(顔)(耳)(のど)切(冥)(福)(した)」
などの語呂合わせで覚えた方もいらっしゃるかと思います。

改めて見直してみると、
口腔領域は
(5)三叉神経、(7)顔面神経、(9)舌咽神経、(12)舌下神経だけでなく、
(1)嗅神経、(10)迷走神経、(11)副神経も広い意味で関係しています。

つまり、12本の脳神経のうち7本もが関与していることに気づかされます。

脳神経の神経核は主に中脳・橋・延髄にあり、原始脳に由来しています。

よって、口腔領域を多く刺激することは、
脳領域の生命維持機能を活性化し、脳機能維持につながると考えられています。

加えて、口腔領域の刺激が重要であることを大脳の機能からも説明することもできます。

このことは、みなさんの体のなかで、
どこが敏感であるかを考えてみると良いです。

みなさんは好意的な相手から手を握られた時にドキッとしたことはないでしょうか。

また、一般的にアイドルや政治家が握手を求めるのも、
手を握ってもらったことはより印象に残るからです。

このことを医学的に復習してみましょう。

みなさんは解剖学で習った
ペンフィールド分類によるホムンクルスの図を覚えているでしょうか。

文章だけではわかりづらいので、
ぜひインターネットで「ホムンクルス」と検索し、
この図をよく眺めてみていただければと思います。

ここでわかりやすいのが、ホムンクルスの図を三次元にした人形です。

ロンドンの自然史博物館にある人形が有名かと思います。

すると感覚野において、もっとも敏感なのは、
手であることがわかるかと思います。

つまり昔から医療は“手当”であるといわれていますが、
脳科学的にも患者さんの手を握って、刺激をしてあげることは、
脳の活性化につながると考えられます。

では、2番目に敏感なのは、どこでしょうか。

それは口腔領域です。

つまり、口腔領域をていねいに管理・ケアしてあげることが脳機能を保つ意味でも重要であることがわかります。

口腔領域の大切さを、患者・家族・多職種の方に理解していただく時に、
手当に次いで、口腔ケアが重要であることを脳科学的にご説明できることは、
理解されやすく、歯科医療者の介入をよりしやすくするように感じています。

実際に医科の診察においても、
この1番目の“手”と、
2番目の“口腔・顔面領域”の診察が重要視されていることを感じます。

西洋医学では、米国医学と英国医学とに身体診察のお作法に違いがあります。

本邦では現在、主に米国医学が中心となっており、身体所見をとるときに上部から診察していきます。

実際、内科などを受診された際に、

目⇒耳⇒鼻⇒口(舌・咽頭)⇒頸部⇒胸部⇒腹部

の順で診察された経験があるのではないでしょうか。

一方、英国ではまず手から診察します。

手は患者の全身状態をよく表しており、
たとえば鉄欠乏性貧血があるとスプーン爪が見られたり、心肺不全があるとばち指、
また感染性心内膜炎があるとオスラー結節やジャンウェイ班、末梢の虚血があるとレイノー現象があったりします。

また東洋医学でも脈診があるように、
患者のバイタルサインや、呼吸・循環・代謝の状態を把握するのに手は有用であり、さまざまな情報を得ることができます。

歯科領域で舌診だけで1冊の参考図書があるのと同じように、
医科領域では手診だけで1冊の参考図書があります。

すなわち、脳科学的に手・口腔は、さまざまな全身情報をインプットし、
アウトプットしてくれる重要な箇所であるといえるかと思います。

そして、これらの刺激は脳の下垂体後葉から、
幸せホルモンであるオキシトシンを分泌しやすくなるともいわれており、
穏やかに、安楽に患者さんに生活していただくことにつながる可能性があります。

ちなみに蛇足になりますが、3番目に敏感なのは陰部です。

これらのことは、患者さんをケアするうえでどこが重要であるかを表しています。

つまり、陰部が排泄物で汚れていたらどうでしょうか。

一般的には、介護者はその匂いもあり、きっと患者さんは気持ち悪いだろうと思い、
比較的頻繁にオムツ交換とともに陰部の清拭を行うため陰部は清潔に保たれる傾向にあるかと思います。

一方で、口腔ケアはどうでしょうか。

お口のなかの汚れは意外と適当になっていることが多いのではないでしょうか。

これは、口腔内の汚れがイメージとしてどの程度であるかがわかりにくいことが一因であるように思います。

では、どのように介助者に動機付けをするとよいでしょうか。

口腔内のプラーク1gあたりの細菌数はおよそ1000億から1兆個といわれています。

一方で、糞便中の1gあたりの細菌数はおよそ100億から1000億個であるといわれています。

つまり、口腔内の菌数は1gあたり約10倍も多いといえます。

歯垢(プラーク)という高貴な名前がついており、
イメージとして悪者ではないと感じている介助者や医療者が多いと感じることさえあります。

ご高名な先生方に怒られるかもしれませんが、実際は目くそ、鼻くそ以上に全身に影響を及ぼしている「歯くそ」であるかと思います。

血流豊富で、血液と交わることの多い口腔内に、
歯くそ(細菌叢)があると、有病者であれば容易に菌血症、敗血症になり全身に悪影響を及ぼすことはイメージしやすいかと思います。

「歯にうんち以上の菌がついています」というと、
介護者にとって少し衝撃的であるように感じます。

さて、今回のまとめです。

[1]口腔ケアをしやすいシステム作り、イメージ作りが重要
[2]脳科学的にも口腔は重要
[3]糞便よりプラークのほうが菌量は多い

なお、今月は12月17日(文部科学省未来医療研究人材養成拠点形成事業:最先端の在宅医療を考える)と、
12月23日(口腔医科学会)に東京大学を会場に、今までの内容をかいつまんでお話しさせていただく予定です。

次回は、最終回です。

最後は歯科でも関係が深く、万病のもとといわれる『炎症』に関して記そうかと思います。

※本メールマガジンは、わかりやすくするために「ざっくり」とした内容です。詳細は各領域の成書をご参照ください。

東京大学医学部附属病院顎口腔外科・歯科矯正歯科 助教
医学博士(東京大学)
米永 一理