2016年07月04日
はじめまして。大阪市内で開業している呉(おう)と申します。
これから6回にわたって、「健康増進型歯科医院のススメ」と題し、さまざまな形で健康増進をめざす歯科医院についてお話をしたいと思います。
1)歯科医院で健康を考えるようになったきっかけ
私が歯科医院で健康増進を図ろうと思ったきっかけは、在宅や施設での10年近い訪問歯科診療の経験です。
訪問診療の現場では、限られた設備や時間のなかで、できることには限界があります。
台所に立ったり、トイレに行くことさえもままならない高齢者の方々と真剣に向き合えば向き合うほど、
訪問診療の現場の難しさやジレンマを痛感します。
現在、人生のなかで介護が必要な平均的な期間はおよそ10年です。
今後、このような自立度の低下した高齢者は年々増え続け、訪問に携わる限られた医療従事者や、限られた医療・介護の国家予算では、
彼らを支えきれなくなります。
そして、介護高齢者の困難は、その周りの家族や同僚など、たくさんの人に伝播します。
そこで、医療の本質、そして健康と病気について深く考えるようになってたどり着いたのは、
「病気にならないことがいかに大事か」という当たり前のことです。
人にとって大切なのは、最新で高価な医療設備やカリスマ名医に身を置くことではなく、“病気にならない生活習慣を自ら身に着けること”です。
そして、介護に必要な時間をなるべく短くすること、言い換えると健康寿命をなるべく伸ばすことです。
この健康寿命延伸化を歯科医院で取り組むことができたら面白いと思ったのが、健康増進型歯科医院のきっかけでした。
2)健康増進型歯科医院とは?
皆さんは「予防管理型歯科医院」という言葉はよく耳にされるかもしれません。
一方、「健康増進型歯科医院」(以下、健康増進型DC)とは、一言でいえば、予防管理型歯科医院の発展系で、
保健指導しながら、リコールを強化する歯科医院です。
患者さんや生活者(リコール患者は何か患っているわけではないので生活者と呼びます)は、
健康増進型DCに通えば通うほど、口腔内だけではなくて、心身の健康状態がどんどん良くなる、そんな歯科医院です。
素敵じゃありませんか。
他科のクリニックと違い、歯科医院の特徴は、子どもから高齢者まで幅広い年齢層のあらゆるライフステージの人たちが通う通所施設であることです。
全国津々浦々にある7万件近くの歯科医院という場所が健康のポータルサイトになり、
患者さんや生活者がどんどん元気になれば、この超高齢社会で起こっているさまざまな社会問題も解決しうるのではないでしょうか。
歯科医師法の第一条に「歯科医師は歯科医療と保健指導を掌ることによって、(中略)国民の健康を確保するものとする」とあります。
そう、われわれ歯科医師のミッションは、「歯科医療」と「保健指導」の2本柱です。
それを国は求めています。
でもどうでしょう?
実際は現行の保険制度において、食事指導や運動指導などの保健指導に対する点数はほとんどありません。
当然、指導するには、それ相応の知識も必要です。
実際に指導するのは歯科衛生士を中心としたスタッフなので、スタッフ教育も必要です。
さらには、「自分自身の生活習慣もままならないのに、保健指導なんてできない」とお思いの方も多いのではないのでしょうか。
このような疑問に、これから6回のコラムでお答えしようと思います。
3)漠然とした健康観を持つことのリスク
「皆さん、健康ですか?」という質問にどう答えますか?
「なんとなく健康」「まあまあ健康」などと答える人は多いのではないでしょうか。
では、そもそも健康とは何でしょうか?
「健康とは、病気ではないこと」というような消極的なものではなく、心身ともに充実して、生き生きとした状態です。
ただし、実際に世界保健機関(WHO)や他のさまざまな団体で、健康に対する定義は微妙に異なります。
この漠然とした健康観に“罠”が潜んでいます。
ぼんやりと健康なので、現代社会において、楽なほうに体が向きます。
「ついつい、目の前にあるスイーツに手を伸ばしてしまう」
「ついつい、階段ではなくてエスカレーターに乗ってしまう」
楽な現代社会に身を置いて、健康度が知らないうちに落ちていきます。
そして、いったん身についた飽食や運動不足などの悪しき習慣は、なかなか拭い取れないものです。
そこで、心と身体が、遺伝子、細胞、組織レベルで完璧にバランスのとれた状態を「完璧な健康」と定義します。
この「完璧な健康」という定義において、刻々と変化している心と身体においては、誰しも「完璧な健康」状態にはないのです。
大事なのは「健康増進」です。
個々の生活習慣、健康状態、自立度などは問いません。
自分の意図しないところで体調が悪くなったり、風邪をひいたりもします。
大事なのは、刻々と変化する自分の心身の状態を受け入れて、
そこから半歩でも「完璧な健康」に向かって進んでいるか、進もうとしているかということです。
健康増進型DCでは、健康増進の対象は患者さんだけではありません。
患者に健康増進を伝えるスタッフ自身が健康増進を図る必要があるし、スタッフを管理する院長自身が健康増進状態である必要があります。
ただし、先ほども述べたように、指導する側の低い健康度や喫煙などの悪しき生活習慣は問いません。
今の自らの心身の健康度や生活習慣を受け入れながら、少しでも健康増進状態にあるスタッフや院長は躊躇なく、
保健指導を中心とした健康増進を患者さんや生活者に勧めるべきです。
(もちろん、見た目が健康的な人に保健指導してもらうほうが説得力はありますが)
4)目的が変われば、人生が変わる
「なぜ?」を繰り返すと、自分の本質的な目的が見えてきます。
たとえば、若手の歯科医師に問います。
「なぜ、講習会やセミナーに行きますか?」
「技術や知識を養って、自信をつけたいから」
「じゃ、なぜ自信をつけたいですか?」
「院長からもっと信頼され、患者をもっと見たいから」
「じゃ、なぜ患者をもっと見たいですか?」
「ある程度、歯科臨床をこなして、近い将来開業したいから」
「じゃ、なぜ開業したいですか?」
「開業して、早く軌道に乗せて、暮らし向きをよくしたいから」
「じゃ、なぜ暮らし向きをよくしたいですか?」
「……」
というように、「なぜ?」を繰り返すと、その人の人生の本質が見えてきます。
つまるところ、「幸せになりたいから」という回答に行き着くのではないでしょうか。
ただ、人によって、とくに世代によって幸福観は違いますが、健康が幸福観の多くを占めます。
内閣府の平成23年度国民選好度調査によれば、
「幸福観を判断する際に、重視した項目はなにか」という質問に対して、「家計」と並んで「健康状態」が最上位にありました。
歯科医院の目的を「健康増進」とセットすると、歯科臨床、歯科医院経営、スタッフ教育など歯科医院のなかのことが見事に有機的につながります。
その結果、ブレや矛盾がなくなり、「健康増進」という目的がより明確になり、力強いものになります。
これも、次回以降のコラムでくわしく説明したいと思います。
そう、歯科医院の目的が変われば、歯科医院のあり方にパラダイムシフトが起こるのです。
従来の「削って詰めて」中心の歯科医療から「予防」中心へ、さらに「予防」中心から「保健指導」中心へのパラダイムシフトが起こります。
次回は、歯科医院での現実的で具体的な保健指導内容についてお話します。
管理栄養士や運動指導士がするような難しい内容ではありません。
キーワードは「超簡単」です。
お楽しみに!
大阪府大阪市開業・ツインデンタルクリニック
呉 沢哲
⇒ http://www.twin-dc.com/