2017年11月06日
こんにちは。
日本大学松戸歯学部の遠藤眞美です。
今回のメールマガジンでは、
一般歯科診療所で出会う可能性の高いドライマウスについて連載させていただいています。
前回は、口のかわきには、
「乾き」と「渇き」があり、
その対応が異なることを紹介させていただきました。
そこで、今回からは、「口の乾き」の原因や対応について触れていきます。
大学病院へのご紹介でもっとも多いのが、
「器質的変化がなく、唾液があるのにドライマウスの症状を頻回に訴えられ、対応困難」という内容で、
“不定愁訴”や”口腔心身症”といった記載もみられます。
このような患者さんの場合、
口腔粘膜に乾燥所見がなく、口腔内診査時の口腔内は唾液で潤っています。
場合によっては、よだれが出るほど口腔内に唾液があふれていることもあります。
このように唾液を認めるにもかかわらず「乾く」と訴えてくる方は、
口の中が乾いていると思い込んでいる心因性のドライマウスと捉えるべきなのでしょうか?
答えは、”No”です。
このような訴えの多くは、
舌の大きさや位置の変化による唾液の分布異常が原因です。
たとえば、舌が歯列内に収まらないほどに厚くむくんで、下顎歯列と舌側面や咬合面と接触している状態(舌浮腫、胖大舌)を認める場合です。
本来、舌下腺や顎下腺から口腔底に分泌された唾液は、歯と舌の間を通って舌背部粘膜に分布します。
しかし、舌がむくむと歯に接触した舌が口腔底に蓋をし、
唾液の舌背部への流れを遮断して、舌や口蓋の乾燥を感じるようになります。
とはいっても、私たちが口腔内を拝見すると多くの唾液を認めます。
それはなぜでしょう。
口腔内の確認を行う時、患者さんに開口を促しますね。
すると開口と同時に口腔底の蓋となっていた舌が挙上し、
唾液が口腔内に一気に流れて粘膜を覆います。
急に唾液が溢れるために、嚥下が間に合わずに、
口腔外によだれとして流れ出てくることになります。
これが、たくさんの唾液の正体です。
舌のむくみの原因はさまざまです。
その1つとして、水分の過剰摂取があります。
医療者も含めて、脱水になるよりは水をたくさん飲んだほうがよいと考えている方は少なくありません。
脱水の指標である「喉の渇き」は中枢からの信号であるため、
要介護状態などを除いて概ね的確に身体反応として現れるのですが、
口渇を感じていないにもかかわらず必要以上の水を飲むと全身のむくみへとつながります。
舌も例外ではなく、舌浮腫となるのです。
一方、舌のむくみがなくても、口腔底に唾液が貯留していることがあります。
その原因は、猫背(円背)や肩こりなどです。
舌が前方へ移動するために舌の辺縁と歯が強くあたり、舌に歯型(歯痕)がつきます。
すると、舌浮腫と同様のメカニズムと同様に唾液の流れが遮断され、乾燥感を引き起こします。
この時、唾液による粘膜の保護作用が低下した粘膜が強い力で歯と接触するので、
粘膜に微小傷やアフタを生じやすく、痛みをともなうこともあります。
唾液分布異常の対応として、適切な舌位を促す必要があります。
舌浮腫に対しては過剰な飲水を控えたり、
利水剤といわれる漢方製剤服用が有効です。
また、頭頸部や口腔周囲筋へのストレッチ、あっぷっぷなどの運動といった機能的口腔ケアを行います。
円背や肩こりには、正しい姿勢の指導が重要です。
高齢者では、腹筋や背筋の筋量低下から姿勢の問題に気付けなかったり、
適切な姿勢を長時間にわたり維持できずに、知らず知らずのうちに円背になっている場合が少なくありません。
歯科ユニットは正しい姿勢をわかりやすく、
背筋を伸ばすことで後方に自然と舌が移動して歯と舌の間から唾液が口腔内に流れる感覚を感じてもらいやすい場所です。
姿勢指導にはもう1つ、重要な役割があります。
姿勢指導を必要とする患者さんは、ドライマウスで医療機関を受診しても、
多くの唾液と粘膜の乏しい変化から「口腔心身症」や「不定愁訴」として対応されている場合が少なくありません。
その経緯から、
「自分の思い込みか、悪い病気の見落としでは…?」
と不安感や不信感を抱いている傾向があります。
姿勢指導では、患者さんに少なからず触れなければなりません。
実際の指導で、患者さんに触れながら
「気のせいではないですよ」
と声をかけると、患者さんはぬくもりのなかで理解者に出会えたと実感でき、
安心したとおっしゃってくださいます。
私たち歯科医療者は姿勢などの指導を見逃しがちですが、
患者さんの生活に一歩踏み込んで対応することで、患者さんの口の潤いを実現するだけでなく、
心の潤いを促すことができるわけです。
日本大学松戸歯学部障害者歯科学講座
遠藤眞美
⇒ http://www.mascat.nihon-u.ac.jp/hospital/guide/9_tokushu.html