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高齢者の栄養問題

2004年08月17日

最近の日本において、大きな関心事の一つが「食」である。「食の安全」「健康につながる食」がマスメディアを賑わし、さらには「美食」を追求するテレビ番組が高視聴率を稼ぎ出している。まさに日本における食の豊かさを表す現象の一つといえるであろう。

しかし、その一方で、日本の要介護高齢者の3~4割が低栄養状態であるとの報告もある。私は、これは「健康食」というものが、誤解されていることから引き起こされている面もあるのではないかと思っている。

一般の家庭ではもちろん、高齢者の家庭においても「食塩は体に悪いから」と減塩食が、あたかも健康食であるかのごとく、当然のように日常の食卓にのぼっているようである。栄養学的に見れば、過度の減塩食を食べ続ければ体の塩分が少なくなり、体の血液量が低下して、身体活動力が低下することが知られている。また、減塩食にも関連するが、濃い味は体に悪いからと、薄味の食も健康食であるかのように扱われているのではないだろうか。さらに、肉などの動物性タンパク質も悪者扱いである。

しかし、動物性タンパク質を食べている高齢者の方が、食べていない人に比べて、栄養状態の指標の一つである「血清アルブミン値」が高く、生命予後がよい(長生きする)というデータもある。

一方、高齢になると味覚が低下するという報告がある。私も甘味について調査したところ、80歳代は、79~60、59~40、39~20歳と比較し有意に閾地が上昇していた。高齢者の食を考えるとき、味覚が低下しているところに、減塩食や薄味の食事は何を引き起こすことになるだろうか?さらに動物性タンパク質も食べないとなると、食欲を奪うばかりではなく、栄養状態を悪化させることは火を見るよりも明らかである。

これは、特に、介護が必要となった高齢者にとっては大変重要な問題である。なぜならば、低栄養状態となった高齢者は、痴呆や転倒、失禁をするようになる、すなわち寝たきりになるリスクが高くなることが明らかになっている。要介護状態がどんどんと進行してゆくことに直結しているのである。

厚生労働省が、日本人の必要な栄養についての指針(日本人の栄養所要量 第6次改訂)を出している。

http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s9906/s0628-1_11.html

食事の制限をうけている人は当然その指導に従うべきであるが、医学的に制限が必要ない人は、当然この指針に沿った食事をすることが健康につながるのである。私たち歯科医師は、歯科医療を行うことにより、この経口栄養をスムーズに行うための口腔環境を整えることを仕事としてきた。しかし、日本の高齢化の進行と共に、「経口栄養の専門家」として正しい栄養指導を行うことも、時代が要求しているのかもしれない。この流れの中で、一つの試みとして北海道歯科医師会(永山一行会長)では、「健康づくり食生活支援専門委員会」を組織し、地域への食に関する啓蒙活動を始めている。

また、高齢者への義歯治療においても、「義歯でどんなものが食べられるようになったか?」という視点のみではなく、「義歯でどれだけ栄養状態を改善できたか?」という評価の視点が患者家族や他職種から要求され、それに応えることが必要となるのかもしれない。

急激な高齢化の波は歯科医療を、今、少しづつ変えてきている。(つづく)

 

【関連文献】

・Interview:医療の周辺から「歯医者さんの食支援が寝たきり・痴呆を防ぎます」高齢者を支える歯科治療とは?“歯医者さんの待合室”2004年8月号(クインテッセンス出版)
・歯科がかかわる高齢者の栄養改善「食を支援する義歯治療」「NSTを知っていますか?」“歯界展望”2004年8月号(医歯薬出版)