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【6】高齢者のQOL向上に対する口腔筋機能療法(MFT)の応用

2017年03月21日

前回は、口呼吸・舌癖などの悪習癖が、小児だけではなく、成人においても不正咬合の発現と、健康に多大な悪影響をもたらすこと、
逆に口唇閉鎖不全や口呼吸の原因になっている不正咬合は、矯正治療によって口呼吸から鼻呼吸に治療する必要があることもお伝えました。

しかし悪習癖がある限り、矯正治療をしても不正咬合が再発する原因になりますが、
一度習慣になってしまった悪習癖は、患者自身で治すことは難しいため、
矯正治療の一環として口腔筋機能療法(MFT:Myofunctional Therapy)を用いることが有効であると言われています。

また最近の若年者に口呼吸が多いという内容もお伝えしましたが、
この問題を放置していると、日本人の将来的な健康寿命に悪影響を与える可能性が高いと考えられます。

口唇閉鎖機能と健康寿命を考えるうえで、今回は矯正治療ではあまりかかわることのない高齢者に焦点を当てて、
高齢者の口唇閉鎖機能と全身的健康状態にどのような関係があるのか、今回もエビデンスに基づいて紐解いていきましょう。

Baum らは、口唇機能の評価を行い、加齢に随伴して口唇機能が低下すること、
野呂らは、高齢期では成人期と比較して口唇閉鎖力が低下することを報告しています。

また、田村らは、口唇閉鎖機能は臼歯部の咬合状態に影響を受けること、
小椋らは、一連の嚥下動作においても口唇は重要な役割を果たしており、食塊を口腔から咽頭に送り込む際に口唇閉鎖が観察されること、
Reddy らは、嚥下障害患者と健常者の口唇閉鎖力には有意差があることを報告しています。

さらに、三浦らは、日中の流涎の有無が口唇閉鎖力の高低と相関があること、
口唇機能の低下によって口からの食べこぼしや流涎(りゅうぜん)の増加などの症状が発現し、
摂食・嚥下機能にも大きな影響を与える可能性の報告があること、
そして山口らの研究では、高齢者の口唇閉鎖力と握力の相関関係が明らかになっています。

これらのエビデンスをまとめると、

ポイント1:
 全身の筋肉同様に、口唇閉鎖機能にかかわる口腔周囲筋も加齢にともなって衰える。

ポイント2:
 良好な臼歯部の咬合状態を保っていないと、口唇閉鎖機能が減退する。

ポイント3:
 口唇閉鎖機能の低下は、摂食・嚥下障害を招き食生活や栄養状態にも多大な影響を与える。

ポイント4:
 口唇閉鎖機能の向上は、口腔保健のみならず高齢期の全身的健康状態の向上を図るうえでも、極めて大きな意味を有するものと考えられる。

これらのポイントからも、口呼吸の習慣によって口唇閉鎖機能が低下しているアデノイド顔貌の若年者が、
そのまま高齢者になった時に、健康寿命が短くなってしまうことが容易に想像できると思いませんか?

これこそ、できるだけ早いうちに、矯正治療、補綴治療によって口腔内を
理想的な状態に改善しておかなければならない根拠と言えるのではないでしょうか。

しかし、これらのポイントを逆に前向きにとらえれば、高齢者に口腔筋機能療法を行って口唇閉鎖機能を改善すれば、
健康寿命を伸ばすことができるのではないか、とも言えます。

日本では、近年急速に人口の高齢化が進んでおり、
それにともなって高齢者の自立支援および社会全体による介護を目的として、
介護保険が開始されたのは周知のとおりです。

口腔機能のなかでも、摂食・嚥下・構音機能の維持・向上を目的とした口腔筋機能療法については、
歯科医師をはじめとした専門職がさまざまな研究に基づいて、介護福祉施設や介護保険施設利用者に対して実践され、
摂食・嚥下機能の改善が図られてきました。

しかしながら、これらの施設に入居していない在宅の高齢者への口腔機能のセルフケア方法の確立はされていないのが現状です。

そこで最後に、在宅の高齢者の口腔機能減退にともなう摂食・嚥下・構音機能の低下に対して、
高齢者自身が自宅で行える口腔機能向上のための、
口腔筋機能療法の応用を紹介させていただきます。

<高齢者自身が行える口腔機能向上プログラム>

1.首の運動(2セット)

[1]左右交互にゆっくり後ろを振り返る。
[2]首をゆっくり左右に倒す。

2.口の開閉運動(3セット)

[1]ゆっくり大きく開口。開口しながら「あー」と発声しても良い。
[2]口唇閉鎖してしっかり咬みしめ運動をする。咬みしめ運動の際には舌を口蓋に押し付ける。

3.口輪筋のトレーニング(3セット)

[1]口を「う」の形に尖らせる。
[2]口を横に引いて「い」の形で上下の歯が見えるようにする。

4.舌のトレーニング(3セット)

[1]口を大きく開く。
[2]舌を出す。
[3]上唇をなめる。
[4]口の両端をなめる。

5.口輪筋・頬筋・舌のトレーニング(3セット)

[1]咬合した状態で、頬を膨らませ、舌を口蓋に押し付け、口や鼻から息が漏れないようにこらえる。
[2]頬筋を鍛える訓練として口唇を閉じたまま、頬を歯列に押し付けるように強くすぼめ、数秒間維持する。
[3]口角を横に引く。

6.発声による舌・口唇の運動のトレーニング

[1]腹式呼吸で「エイエイオー! エイエイオー!」と声を出す。
[2]口唇と舌をしっかりと動かしながら「パパパ、タタタ、カカカ、ラララ」と声を出す。
[3]口唇と舌をしっかりと動かしながら「パタカラ、パタカラ、パタカラ」と声を出す。

7.誤嚥防止トレーニング

できれば立った状態で、机に両手を付きながら、腹筋に力を入れて「ゴホン!」と強く咳をする。

 
この口腔機能向上プログラムは、特定高齢者および要支援高齢者(平均年齢77.9±6.5 歳)を対象として、
自宅で約3か月継続して実施し、摂食・嚥下機能および構音機能の改善効果について評価を行い、
口腔機能の変化について検討を行ったところ、口唇閉鎖力は約1.7倍に改善し、
座位で唾液を30秒間に嚥下できる回数を計測する反復唾液嚥下テスト(RSST)においては、
介入前の評価で3回未満しか嚥下を行えなかった対象者で、半数以上に3回以上の嚥下が可能になったという機能向上が認められ、
初回嚥下までの時間も短縮されたという結果が出ているものです。

また、要介護者もしくは虚弱高齢者には、食べこぼし、咀嚼能力の低下、誤嚥など複数の口腔機能異常が見られることが多いですが、
これらは先に述べたとおり単純な加齢現象ではなく、口唇閉鎖機能低下が原因となっていることが多く、
その場合簡単な口腔筋機能療法を続けることで改善できる可能性もあります。

今回の内容も、明日からの臨床で実践できるものです。

かかりつけ歯科医の立場からご高齢の患者さんとそのご家族に口腔機能向上プログラムの教育を行い、
患者さんを健康にすることで、患者さんとの信頼関係も強化し、クリニックに通院する患者さんの満足度が高まれば幸いです。

これまで「患者さんを健康にする矯正治療とは?」というテーマで、6回にわたって連載してきましたが、いよいよ今回で最終回となりました。

これまでお読みくださり、ありがとうございました。

参考文献
1.山口秀晴、大野粛英、佐々木洋、William E.Zickefoose、Julie Zickefoose.口腔筋機能療法(MFT)の臨床.東京:わかば出版,2004.
2.三浦宏子、苅安誠、角保徳、山崎きよ子.虚弱高齢者における口唇閉鎖力と日常生活機能ならびに認知機能との関連性.日本老年医学会雑誌 2008;45:520-525.
3.山口正人、足立忠文、大石めぐみ、中塚久美子、横井磯子、吉成伸夫、黒岩昭弘、増田裕次.健常高齢者における多方位口唇閉鎖力.その特性と体格・握力・残存歯との関連.顎機能誌 2011;17:125-134.
4.秋本和宏、下山和弘、戸原玄.口唇と頬の構造と機能訓練.II.機能訓練.老年歯科医学 2008;23(2):140-144.
5.榎本麗子、菊谷武、鈴木章、稲葉繁.施設入居高齢者の摂食・嚥下機能における先行期障害と生命予後との関係.日本老年医学会雑誌 2007;44:95-101.
6.大矢和可、金子知生、半田薫、飯田順一郎.口輪筋の筋力,持久力の強化に対する有効なトレーニング法について.顎機能誌 2009;15:131-138.
7.田村文誉、小沢章、花形哲夫、菊谷武、向井美恵.高齢者における臼歯部咬合支持の有無が捕食時口唇圧に及ぼす影響.老年歯科医学 2005;20(1):10-16.
8.Baum BJ, Bodner L.Aging and oral motor function: evidence for altered performance among older persons. J Dent Res 1983;62:2-6.
9.小椋脩、清水充子、谷本啓二、本田知行、溝尻源太郎.嚥下障害の臨床―リハビリテーションの考え方と実際―.東京:医歯薬出版,1998;14-16.
10.Raddy NP, Costarella BR, Grotz RC, Canilang EP. Biomedical measurement to characterize the oral phase of dysphagia. IEEE Trans Biomed Eng 1990;37:392-397.
11.三浦宏子、苅安誠、山崎きよ子、荒井由美子.虚弱老人における摂食・嚥下障害に関するケアアセスメント.日本老年医学会雑誌 2004;41:217-222.

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宮島 悠旗
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