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【3】NBMとEBMは、こうイメージすれば理解しやすい!

2016年11月07日

こんにちは。

米永一理(よねなが かずみち)です。

第1回の糖尿病、第2回の高血圧と頻回に出会う疾患について述べましたが、いかがだったでしょうか。

さて、今回もとくに教科書には書いてないけれど、患者さんや家族から「歯医者さんのお話ってわかりやい!」
と言われるような内容をまとめみようと思います。

今回は、今話題のNBM(Narrative-Based Medicine)に関してお話をします。

NBMなんて聞いたことないという方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、NBMは現在、在宅や終末期医療で盛んにいわれているキーワードであり、
その考え方は医療者としてしっくりくるところも多いと感じています。

現在医療現場では、皆さんが実践されているようにEBM(Evidence-Based Medicine)に基づいた医療提供が標準化しています。

しかしながら、EBMがすべての患者に有効でないことを経験上感じている方は多いのではないでしょうか。

実際、EBMの有効率は約75%とされ、有効でない患者が約25%存在するとの報告もあります。

とくに緩和や看取りに至る患者にはEBMを適用できない場合が多いのです。

EBMで有効とされる医療技術を患者に応用するか否かは、
患者の病状や副作用を考慮し、
患者の価値観や意向を取り入れ、
医療者の経験をもとに決めることとなります。

そのために現在NBM(Narrative-Based Medicine)が訴えられています。

NBMとは患者・家族の背景を鑑みた医療であり、
患者の抱えている問題に対して全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にアプローチしていこうとする臨床手法です。

NBMは患者との対話と信頼関係を重視し、サイエンスとしての医学と、
人間同士の触れあいの間を埋めるものでもあるとされています。

よって医療行為は、NBMに基づいた診察をし、EBMで有効とされる医療技術を患者に応用するか否かを決めることとなります。

歯科領域においても治療法は確立されてきており、
予防活動とEBM (Evidence-Based Medicine) に基づいた加療が行われてきているかと思います。

一方で、治療対象とならない患者や、治療対象でもその苦痛に対する口腔緩和医療は、
十分に行われているとは言い難い現状です。

超高齢社会を迎え、厚生労働省はできるだけ住み慣れた地域での医療体制の構築を進めており、
今後口腔領域患者の緩和を含めた終末期医療を歯科としてどのように提供していくかが課題となっています。

とくに緩和医や在宅医に紹介された口腔疾患患者の緩和医療は医師も苦労することが多いです。

これは口腔領域の緩和の対象となる苦痛は、疼痛だけでなく、
摂食嚥下、呼吸、コミュニケーション、見た目、匂いなど多くの因子があることによります。

さらに、口腔領域以外の患者の緩和や看取りにおいても、
患者の苦痛として口腔領域の問題を抱えていることも多いです。

よって、これらの苦痛の除去には、歯科の介入が求められており、
歯科においてもNBMに基づいた医療提供を考慮する必要があり、
今後口腔緩和医療の知識の整理も歯科領域の課題であると考えます。

そのようななかで、NBMを適応するため、患者の生命予後を把握することは、
今後の治療や介入方針を決めるうえで重要かと思います。

現在、日本緩和医療学会では、
Palliative prognostic index(PPI)やPalliative prognostic scoreなどを
使用した余命予測方法を公表しています。

また、NBMを適応するため、がん患者と非がん患者の緩和や看取りでの考え方の違いを把握しておく必要もあります。

以下に簡単にその概要をお話します。

1.生命予後の予測方法

緩和や終末期医療を提供するにあたり、目の前の患者がどの程度の予後があるかを予測できれば、
その治療方針も変わってくることもあるのではないでしょうか。

たとえば、余命3週間程度なのに、教科書どおりに時間をかけた正確な義歯製作ができるでしょうか。

今までは余命予測は、さまざまな方法が発表されてきていたものの、
煩雑であり、これといった客観的な予測方法はなく、
結果的に医師の経験などをもとに、どちらかといえば主観的に宣告していました。

しかし現在、予測因子としてPPIが日本人によって発案され、より客観的に評価できるようになってきています。

本邦で開発されたPPIは、ざっくりお示しすると、大きく5項目の合計点数で判定され、

1)Palliative performance scale(ADL)
2)経口摂取
3)浮腫
4)安静時呼吸
5)せん妄

で評価されます。

この合計点数が4点以下で6週以上、
4より大きく6点以下で6週未満、
6点より大きくなると3週間未満に死亡する確率が感度80%、特異度85%となります。

これにより大まかな予測ができ、歯科治療・口腔ケアを行う参考になるかと思います。

詳細はぜひ日本緩和医療学会のホームページをご参照ください。

在宅歯科診療の対象には、がん疾患患者と非がん疾患患者がいる

在宅診療の対象となる患者は、がん疾患患者と非がん疾患患者で分けて考えると対応しやすくなります。

なぜなら、患者の苦痛の主因がことなり、また余命が異なることが多いからです。

現在、日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんが原因で亡くなります。

さらに今後の予測として、男性の場合3人に2人ががんになるとされています。

がん疾患患者のその病態は比較的早く進行し全身状態が刻々と変化することが多く、
在宅診療期間は月単位であることが多いです。

また、がん疾患患者に対する在宅診療は、根治を目的とした治療ではなく、
共存を目的とした介入であることが多いです。

よって、診断後の全身検索は基本的に必要としません。

一方、非がん疾患患者には、脳神経疾患、心疾患、呼吸器疾患、腎疾患、老衰などがありますが、
いずれも在宅に移行できるような患者の病態は、慢性的に進行し、緩徐な進行をたどり在宅診療期間は年単位になることも珍しくありません。

つまり、がん患者と比べ余命は長くなることが多いです。

症状は、がん疾患患者では、疼痛が最多ですが、非がん疾患患者では、
食思不振、嚥下障害、呼吸障害などが上位を占めることが多いです。

よって、診療として、がん患者に対しては疼痛コントロールが最優先事項ですが、
非がん患者では、廃用症候群による嚥下困難への対応、誤嚥性肺炎などによる

発熱への対応、喀痰や唾液などの分泌物の管理が重要となります。

つまり、非がん疾患患者の症状は、歯科医師が診療範囲としていることが主因となっています。

2.看取りの現場で求められる「人間力」

在宅医療、とくに看取りの現場では、より人間力が求められます。

そもそもまだ確立された分野ではなく、
また、異常を正常に戻すことを目的とした医療ではないため、
正常では測れないような場面に出くわします。

たとえばバイタルサインもバラバラなこともありますし、
採血上の検査値は多様です。

そこに患者の感情や家族の思いなどさまざまな背景が介入してきます。

「だからNBMが必要となる」と感じています。

よって、人としてのセンスを磨く必要があると感じています。

正常でないから口腔ケアを行わない、
歯科治療を行わないというわけにはいかないのではないでしょうか。

在宅で看取りに関与することは、自分自身の幸せとは、
人生とは何かを考える機会となり、人生の最後に何がしたいか、
自分自身最期にどうされたいか、
自分ができることは何かなどさまざまな思いを巡らすこととなります。

そして、自分自身の生きる意味を考えることになり、
自身の人生においても、また医療人としても意義深いものになると感じています。

なお、今回の内容に関連した特集が、
ザ・クインテッセンス11月号(クインテッセンス出版)に掲載される予定です。

もしよろしければ、ご覧いただけますと幸いです。

さて、今回のまとめです。

 [1]EBMだけでなく、患者・家族の背景を鑑みた医療であるNBMを大事に
 [2]PPIで余命予測をしよう
 [3]がん患者と非がん患者に分けて介入方法を考えよう

次回は、なんとなくとっつきにくい抗凝固薬と抗血小板薬の考え方に関して記そうかと思います。

※本メールマガジンは、わかりやすくするために「ざっくり」とした内容です。詳細は各領域の成書をご参照ください。

東京大学医学部附属病院顎口腔外科・歯科矯正歯科 助教
医学博士(東京大学)
米永 一理