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【3】ヘルスコーチング(保健指導)で患者さんを健康に!

2016年08月01日

こんにちは。

今回は、歯科医院での保健指導についてお話しします。

当院では保健指導を「ヘルスコーチング」と呼んでいます(その理由は後に述べます)。

ここでは、お口の中に健康課題を抱える患者さんに、どのように心と身体の健康に関心をもってもらい、
信頼関係を築きながら、行動変容につないでいくかについてお話ししたいと思います。

1.生活習慣こそが健康を創る!

およそ80年前にウェストン・プライスという米国の歯学博士は、
「近代の食事が身体に及ぼす影響」を証明するために10年かけて世界各地を訪れました。

人種や民族、気候に関係なく、伝統的な食生活を守っていた人たちは健康でむし歯もありませんでした。

一方で、同じ部族や家族でも、
港や都市に出て「白人の店」から入手した「近代食(加工食品や近代農法によって生産された作物)」を食べていた人たちの歯はボロボロで、
不健康でした。

今これだけ多くの医者や歯医者が生活習慣病に向き合ってもなかなかそれらを撲滅できない一方で、
医療設備のないへき地の部族では、病気やむし歯知らずなのです。

いかに食生活や生活習慣が重要かということですよね。
 
(参考図書「食生活と身体の退化」W.A.PRICE著、片山恒夫/恒志会訳)(同参考図書P171,P172より許可を得て転載)
写真1

そう考えると、医療現場において健康な生活習慣をつくる保健指導は、医療と並んで最重要課題といえます。

また、長い目でみると、自身の行動変容こそが、歯と心身の健康にとって時間的にも経済的にも安上がりです。

しかしながら、保健指導から習慣的な行動変容を導くことはそう簡単ではありません。

まして、歯に悩みのある患者さんに全身にかかわる健康のお話をしたり、保健指導をすることはさらに難しくなります。

第1回の「健康増進型歯科医院とは?」でもお話ししたとおり、ここで重要なことは、
健康増進にあなたが、あなたのクリニックが向いているか、一歩でも、半歩でも進もうとしているかということです。

この難題に一足飛びで挑もうとしてもうまくいきません。

そこで、当院でここ数年、一進一退しながら、無理なく楽しみながら少しずつ進めてきたことをお話しします。

まず当院では、患者さんに対し、いろいろな形で健康志向をアピールしています。

 
 1)心身健康にかかわる<愁訴項目>記入欄の新設

  当院では、問診票に、心身健康にかかわる<愁訴項目>の記入欄を設け、保健指導に役立てています。

  <愁訴項目>には、現代人に一番多い10項目ほどの憂いを列挙しました。

 2)体組成分測定器の無料計測

  当院では、「インボディ」という体組成分測定器を設置して、希望する患者さんに測定してもらい、簡単な説明をさせてもらっています。

  あわせて、「インボディとは?」というポスターを院内に掲示し、健康意識の喚起を促しています。
 
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 3)健康ブログ

  当院では、2週間に1回程度、健康関連の新聞記事や図書、論文などを題材にして、ブログに反映させています。

  また、その内容をプリントアウトし、待合室や、チェアサイドに置いたり、ブラックボードに掲示しています。
 
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 4)院内の健康雑誌

  当院では、健康関連の雑誌を定期購読しています。

  購読紙は、「Tarzan」(マガジンハウス社)のようなおなじみの健康雑誌から、
  新聞の健康関連記事をスクラップにした雑誌「新聞記事からできた本、医療と健康」(クマノミ出版)など、いろいろです。

 5)健康図書の無料貸し出し

  3か月を期限として、来院患者を対象に、健康関連図書の無料貸し出しを行っています。

  貸し出す関連図書は、当院でのPOPS研究会やブログ作成のために購入されたものです。
 
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このような作業を重ねることで、なんとなくではありますが、
「ここの歯科医院は、口腔内の健康のみならずカラダ全体の健康に取り組んでいるな」と感じていただけるように努めています。

2.保健指導ではなく、ヘルスコーチング

当院では、保健指導をヘルスコーチングと呼んでいます。

保健指導という言葉には、食事や運動、禁煙など、専門知識をもつ医療従事者による指導というイメージがあります。

たとえば、
「あなたの体重は標準体重より10kgオーバーです。脂肪1kgを減らすには、7,000kcal の消費が必要で……」
というような指導風景が浮かんできます。

しかし、私の考える保健指導はこういったイメージのものではありません。

専門家の「正論」に基づいてのアプローチでは、指導者の管理下でない限り、行動変容を遂げることができないと考えます。

私が考えるヘルスコーチングは、 患者さんや生活者に、指導者の管理から離れても、習慣化しうる自発的な行動変容を起こすためのものです。

3.信頼関係としての、「一緒にいる」環境の構築

自発的な行動変容を起こすためには、
伝える側(ヘルスコーチ、たとえば歯科衛生士)と伝えられる側(クライアント、たとえば患者さん)の信頼関係です。

それも漠然とした信頼関係などではなく、行動変容を実践するに足りる具体的な信頼関係です。私はこの信頼関係を、「一緒にいる」と呼んでいます。

「一緒にいる」は、次に示す、3段階で構築されます。

第1段階は、相手を自分のフィルターを介さず、あるがままに受け入れることです。
「歯ぐきを塩でもむと、歯ぐきの調子が改善されたように思えるのですよ……」
「そうですか、それはよかったですね。」
「最近、親の介護で腰を痛めてしまって困っています……」
「そうなんですね、それは大変ですね」

第2段階は、ヘルスコーチがクライアントと向き合い共感を示す過程で、
「このクライアントがヘルスコーチに自分が受け入れられている」と認識できる過程です。

第3段階は、「ヘルスコーチに受け入れられた」と自認するクライアントの意識を、ヘルスコーチが実感する過程です。

「一緒にいる」といった空間をつくることで、クライアントの意識に、「自らの生活習慣を変えてみよう」という空気が生まれます。

そして、ヘルスコーチにとっては、生活習慣改善の提案を示す環境が整います。

ポイントは、第1段階でヘルスコーチが自身の価値観を押し付けず、ひたすら「そうですね」と、心から受け入れることです。

話の内容によっては、「でもね」と返したくなる場面も出てくるでしょう。

慣れないうちは、クライアントの言葉や表情に反応してしまうかもしれません。

しかし、そこをこらえてじっとクライアントと向き合います。

ただし、クライアントの言葉や表情に反応しないで受け入れるにはコツがあります。

「……と(自分が)思っている」と心の中で唱えます。

唱えることで、自分を客観的に見立てることができ、あたかも自分とクライアントの会話を、外から眺めているかのような状態をつくることができます。

こうした鍛錬は、職場での上司と部下との会話、家族や友人との会話など、いろんな場面で、簡単につむことができます。
(参考図書 「医療コミュニケーション」 岩堀禎廣、近藤直樹著)

日常の歯科業務のかたわら、患者さんとの何気ない会話のなかで、「一緒にいる」を構築していきます。

顔を合わせる機会ができたといって、唐突に健康の話を切り出すのは不自然です。

コーチは気長に、「一緒にいる」の構築に努めます。

仮に3か月一度の定期健診で来院する生活者であれば、年に4回しか「一緒にいる」環境を構築するチャンスがないわけです。

だからといって、性急さは禁物です。

信頼関係構築のステップを踏み外して、行動変容への提案をすれば、築きうる信頼関係そのものを損なう可能性があります。

定期健診に来なくなれば、口の健康さえ担保できず、患者さんだけでなく、医院にとっても損失です。

したがって、気長に、根気よく、数か月、場合によっては年単位で「一緒にいる」を構築してく必要があります。

たとえ長時間を費やしたとしても、最終的に行動変容のスイッチを入れることができれば、クライアントのその後の人生のための価値は十分にあります。

ヘルスコーチングには気長に「一緒にいる」を構築することが不可欠です。

次回は、今回の話をベースに、「どのように行動変容へ移行していくか」についてお話します。

お楽しみに!

大阪府大阪市開業・ツインデンタルクリニック
呉 沢哲
⇒ http://www.twin-dc.com/