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【4】都市伝説的なエンド用語

2016年05月16日

みなさまこんにちは。

東京都杉並区にて歯内療法を専門に診療しております田中利典です。

このメルマガでは、「チェアサイドトークで活かす歯内療法」として、エンドって面白いな、自分もエンドに力をいれたい!と
思っていただけるような内容をお届けしています。

第4回は「用語」です。

ユーキャンが行っている年末の新語・流行語大賞。

そういえば今年はこんなのが流行ったよね、
という話題作りにはちょうどよいタイミングで毎年行われています。

言葉にすることで、私たちは情報や思考、概念を共有できるようになります。

また、日本では、言葉に宿ると信じられた霊的な力として、言霊という表現があります。

自分自身をポジティブにするために前向きな言葉を使う、
というのは、その手の自己啓発本には必ず載っているでしょう。

一方で、ネガティブな言葉ばかり口にしていては、思考だけでなくその人の行動にまで悪い影響を与えてしまいます。

医療現場でも、言葉そのものが原因で、正しい判断や思考が妨げられているとしたら……。

今回は、エンド治療で耳にするアブない言葉についてお話ししたいと思います。

1)残髄炎はどうすれば治るのか

「根治を始めたのに痛みが消えないと患者が訴える」

「抜髄後も、根尖手前の位置を触るたびに痛いと言う」

このような臨床所見で、
「歯髄が取りきれていなくて、残髄炎になっているんでしょうか」
とご質問を受けることがあります。

術者は「抜髄したからもう痛くないはずだ」、
患者さんは「痛いのは先生の腕が悪いからでは」、
と解釈してしまうと、お互いの信頼関係にヒビが入りかねません。

双方の理解の隔たりを埋める表現として「残髄炎」という言葉があるのかと思いますが、この言葉は要注意です。

じつは、エンドの世界では「残髄炎」という病態の分類はありません。

細かい種類こそあるものの、分類はあくまで「歯髄炎」と「根尖性歯周炎」。

この「残髄炎」という言葉、私たち術者の思い込みで患者さんに辛い思いをさせてしまっている場合がありますので、整理したいと思います。

その前にまず「生活歯髄切断法」をした歯髄の状態をイメージしてみましょう。

これは、幼若永久歯などで髄角または歯髄腔に限局した細菌感染が起こっている場合、その部分を取り除いて根尖側の歯髄を保存する治療法です。

感染・炎症をきたしている歯髄は取り除いて、残している歯髄は止血でき、問題ないことが前提です。

そして治療がうまくいくと、覆髄した部分にデンティンブリッジが形成され、歯髄保存処置が成功することに。

では残っている歯髄に感染・炎症が波及していたらどうでしょうか。

これはつまり歯髄保存ができない状態ですから、歯髄を切断する部分は髄角や根管口のところでなく、
根尖最狭窄部付近に設定した作業長での抜髄処置が必要です。

したがって、最初の質問に対して「抜髄したのに残髄している」という表現は間違いで、
それは「抜髄処置がまだ適切に済んでいない」と表現すれば、患者さんの症状を理解することができます。

ですので、「もう痛くないはずだから、今回は麻酔せずに治療の続きを」というのは、
患者さんに非常に苦痛を強いることになりますし、私が患者さんだったら転院してしまうかもしれません……。

また、抜髄を理解するためには、根管形態に対する知識も不可欠です。

根管は筒状な管でないため、前回細いファイルで穿通確認したとしても、
その壁面にまだ歯髄組織が残存している、側枝や根尖分岐が存在する、といったことが起こりえます。

これら残存した有機質を溶解するためには、水酸化カルシウムによる根管貼薬と次亜塩素酸ナトリウムによる根管洗浄が極めて重要。

また、そのためにもきちんとした根管形成が必要です。

もし痛いようであれば、

  ・麻酔がしっかりと効いていない(とくに下顎大臼歯部)
  ・根管形成が不十分で洗浄・貼薬の効果が適切に得られていない
  ・今までの経緯から刺激に対する痛みの閾値が下がっている
  ・根尖孔外へ炎症が波及して根尖性歯周炎になっている
  ・神経障害性疼痛になっている

といった可能性があります。

複根管歯の各根管を1回ですべて適切に抜髄処置するには、チェアサイドでかなりの時間を取る必要がありますので、
必要に応じて浸潤麻酔や伝達麻酔を上手に使いましょう。

2)根管拡大はどこまで行えばよいのか

「根管拡大」とは、読んで字の如く、根管を拡大していく操作です。

ではどこまで拡大するのか。

白い削片が出てくるまで?

ファイルに抵抗を感じてから3サイズ上まで?

排膿が止まらない場合は?

ここに、「根管拡大」という言葉の罠が潜んでいます。

実はAAE(米国歯内療法学会)の用語集には、preparationという表現はあるものの、enlargementという表現は存在しません。

すなわち、「根管形成」という処置はあるが「根管拡大」という処置はないのです。

ちなみに、preparation(canal preparation)の中にbiomechanical preparationがあり、
文中に“to expose, clean, enlarge and shape”という表現が出てきます。

ですので、治療に必要なステップはあくまで「根管形成」であり、それにともない根管の拡大が行われる、ということになります。

例えるなら、歯科衛生士によるプロフェッショナルケアでしょうか。

歯面清掃が目的でなく、ホームケアや食生活のアドバイス、全身疾患や生活環境の変化も見つめながら、口腔の健康をサポートすることが目的です。

エンドも「根管拡大」のみに意識がいってしまうと、全体としての「根管形成」の目的や目標がぼやけてしまうので、気をつけましょう。

では「根管形成」のゴールはいつか。

それは根管充填に向けて適切にcleaning & shapingができたときであり、意図的にガンガン拡大するのでなく、
根管洗浄や根管貼薬とともに細菌感染の除去ができる形に仕上がったとき、というのが答えです。

たとえば、十分な洗浄効果を得るために望ましいファイル号数は35号より上、という報告があります。

根管によっては、根尖部の断面(長径)は40号以上という報告もあります。

楕円形な断面の根管に対して、円周ファイリングも駆使してインスツルメンテーションするわけですが、
そこには「根管拡大」というより、やはり「根管形成」という言葉のほうが適切と思います。

奥歯にモノが挟まった表現になってしまいますが、
「治療する根管の解剖学的形態に合わせて、形成の最終号数を決定する」というのが臨床上の対応になるでしょう。

さて、今回は、何気なく患者さんに使っている言葉で、かえって私たち自身が誤解してしまう危険性についてお伝えしました。

「残髄炎」はもっともらしい病態に聞こえるが、それは抜髄の本質を見失っていること。

「根管拡大」にとらわれると、本来の「根管形成」の目的や目標を見失ってしまいかねないこと。

自分自身の臨床が誤った理解に縛られぬよう言葉の落とし穴に注意して、正しい表現で患者さんとコミュニケーションを取りましょう。

 
 

参考文献:Glossary of Endodontic Terms 9th Edition. American Association of Endodontics 2016
 
 

東京都杉並区・川勝歯科医院
田中 利典
⇒ http://www.kawakatsu-dental.com/cn22/index.html